「台湾有事を見据えた安全保障《後編》」企業が知るべき防衛費と特定重要物資の重点 <2023年4月19日開催>
2023年6月13日【経済安全保障対策取り組み動向調査】日本企業における経済安全保障対策の進捗―経済安全保障推進法施行から1年、日本企業に起こった変化とは―
2023年7月31日4月26日、日本政府は対日直接投資の2030年までの目標について、これまでの80兆円から100兆円に拡大する方針を打ち出しました。「Invest in Kishida」戦略の一環で、半導体やDXといった重要分野で基金などを活用した工場立地の促進、高度人材育成を目指した産官学連携組織の全国展開などが目標とされています。国内企業に対する海外買収案件も増加する見通しですが、経営者にとって気になるのは、「誰が本当の買い手なのか」判然としないケースが存在すること。今回はこの問題とそれを利用したチャイナマネーの動きを、実際に上場企業に起こった事例を通して考察します。講師を務めるのは、中華圏の経営者に数多くインタビューし、中国上場企業全社のデータブック「中国会社四季報」(東洋経済新報社)を立ち上げ、現在はソーシャル経済メディア「NewsPicks」副編集長を務める杉本りうこ氏。併せて株式会社FRONTEO山本麻理からは、「中国政府および地方政府はどのような企業を実効支配しているか?」について、FRONTEOのAIを用いた解析事例を紹介しました。
NewsPicks 副編集長
杉本 りうこ
新聞社記者、中国・北京留学を経て2006年東洋経済新報社入社。「中国会社四季報」編集長、「週刊東洋経済」副編集長などを務めた。2019〜2022年ダイヤモンド編集部副編集長。22年11月からNewsPicks副編集長。
株式会社FRONTEO 取締役/AIソリューション事業統轄 兼 社長室長
山本 麻理
広告代理店に入社後、リスクマネジメント会社に在籍。メンタルヘルスケア事業を立上げ、事業計画、商品開発、マーケティング、営業戦略を実行し業界トップシェアへと導く。2014年に同社取締役に就任し、2017年に東証一部上場を実現。2018年12月より株式会社FRONTEOに参画、2020年取締役に就任しAIソリューション事業全域を管掌・指揮。
♦「ナガホリ」乗っ取りの背後に見え隠れする謎の人物
杉本氏が具体的事例として挙げたのは、NewsPicksでも取り上げた上場企業の乗っ取り未遂事件でした。ターゲットになったのは、東証スタンダードに上場する宝飾品の製造大手、ナガホリ。結婚10周年記念に贈る「スイートテン・ダイヤモンド」の商標を持つ企業で、売上高は176億円(2023年3月期)、時価総額は154億円という規模です。上場はしていますが、実際のところこの事件が発生する以前は、業績も株価も目立たない存在でした。
杉本氏(以下敬称略):同社の株価は長い間200円前後を低迷していました。ところが2022年の春から、株価が急騰し出したのです。同年10月のピーク時株価は1,600円近辺。好材料があったわけではないので、当然、仕手筋の介入が疑われました。開示された情報から分かったのは、筆頭株主の変動。創業家と銀行で10位までを占めていた中に、聞き慣れない「リ・ジェネレーション」「布山高士」「吉田恵実」という名があったのです。株式の保有率はそれぞれ10%強、7%弱、3%弱と少ないのですが、実は同時期に他の少数株主もナガホリの株を買っており、合計保有比率は32.14%に達していました。株式が1/3を越えれば、株主総会の特別決議を単独で阻止できます。
1/3に迫る株式を持つ筆頭株主集団は、ナガホリが3年にわたって純損失を出していること、子会社が不祥事を起こしたこと、女性取締役がいないことを問題視し、臨時株主総会の招集を請求。社長を含む取締役6人の解任と新取締役4人の選任を求めてきました。誰の目にも明らかな乗っ取りです。一体、背後で何が行われていたのでしょうか?
杉本:近年の株式市場でキーワードになっている「ウルフパック」の疑いが濃厚です。これは、複数の株主が協調して株式を買い集める手法。議決権の30~40%を掌握し、取締役の選解任や株主還元の要求、さらには経営権を奪取することが狙いとされています。ウルフパックの問題は、小口の株主が示し合わせて株を買い集めるため、TOB(株式公開買付け)のルールを回避できることです。小口ゆえに株式を購入しやすく、買い付けの意図を公式に表明する必要もありません。狙われた企業にすると、「いつの間にかウルフに囲まれていた」という予期せぬ事態になるのです。これを仕掛けられたというのが、ナガホリとアドバイザリーの見立てですね。
ナガホリの株価チャートを詳細に分析すると、“ある投資家”の不可解な動きが見えてきました。株価が急上昇した局面で、「金山エネルギー」という企業が1カ月弱の短期間に保有数を4倍に拡大していたのです。
杉本:この名が出てきた瞬間、ナガホリとそのアドバイザリーは眉をひそめて困惑したと言います。金山エネルギーは香港に上場している金山能源集団の日本法人で、親会社は中国でエネルギー事業を展開しています。金山エネルギーは日本におけるコンサルティング部門という位置付け。登記上の取締役は立花恵実氏と関栄光氏とされていますが、資本市場に詳しい筋は、この企業を支配しているのは「許振東」という中国人だと見ています。許氏は北京大学傘下のベンチャー企業出身。ここのトップとして大きな実権を握り、財を成しました。ところが2013年に始まった習近平政権下の反腐敗キャンペーンにより、共産党の高官に利益供与してきた経済人が次々とパージされる事態に。権勢を誇った許氏も、やむなく2014年に香港へ逃亡したのです。
♦チャイナパワーに対処できない「実質的支配者の開示制度」
許氏は同様の境遇にある中国人富豪が潜居する香港のフォーシーズンズホテルに滞在していましたが、2016年に香港を離れ、日本へやって来ました。住民登録上は三重県を経て、2018年に東京・渋谷区への転入が確認されています。しかし、なぜ馴染みのある香港を離れて日本へ来たのでしょう?
杉本:2015年に中国証券監督管理委員会から、今後10年間の証券市場参加を禁じられたからです。香港で投資できなくなったので、日本に身を寄せたわけですね。ここで重要なのは、許氏が私財だけでなく、中国で資産運用が難しくなった、あるいは中国以外でのポートフォリオを持ちたがっている富豪仲間の私財も合わせて運用しているらしいこと。個人レベルの投資スケールではなく、日本へ来た時から企業を乗っ取るほどの財力を持っていたということです。
2016年以降の許振東氏は知る人ぞ知るという存在だったのですが、ある出来事をきっかけに、株式市場における氏の関与が噂になりました。それが、2021年に起こった「東京機械製作所事件」。東京機械製作所は新聞輪転機の国内大手で、東証スタンダード市場に上場しています。
杉本:アジア開発キャピタルという企業が市場で東京機械製作所の株式を買い集め、最大で4割弱を保有する事態になったのです。東京機械製作所は株主総会で、アジア開発キャピタルの議決権を制限したうえで買収防衛策を可決。これを不服としたアジア開発キャピタルは東京地裁に差し止め請求を行いましたが、地裁はこれを却下。事態は急展開し、最終的にアジア開発キャピタルが読売新聞東京本社や朝日新聞社など、新聞6社に保有株を売却することで決着したのです。この背景で語られているのが、経済安全保障を巡る政府の動き。一部の通信社が、「内閣官房が東京機械買収の動きについて、経済産業省など関係省庁に情報収集を促した」と報道しました。政府も一連の動きを注視していたわけですね。当時のアジア開発キャピタルは上場していましたが、登記上、許氏の名前は記載されていませんでした。株式市場では許氏の関与が指摘されていましたが、究明されることはなかったのです。
謎の人物だった許振東氏が、金山エネルギーという会社を通じてすりガラス越しながらもその姿を現したのが、冒頭で述べたナガホリの乗っ取りだったのです。杉本氏は丹念な調査によって、許氏と同社の関連性を突き止めました。
杉本:金山エネルギーの株式を間接的に2割以上握っているのは、許振東氏の実子である許夢然氏です。また金山エネルギーの所在地には「恒潔」という別の会社があり、その取締役を金山エネルギーの取締役である立花恵実氏が兼ねています。恒潔は許氏のプライベートにも深く関わっており、同社の代表取締役は許氏の内縁の妻であることが分かっています。2人は神宮前の居宅で同棲生活を送っており、この家は恒潔が所有しています。こうした事実を積み上げていくと金山エネルギーが許氏の支配下にあることは明白なのですが、残念ながら傍証でしか立証できません。なぜかというと、日本においては「実質的支配者の開示制度」に不備があるからです。実質的支配者とは、法人に対し資本や人事を通して支配的な影響力を有する個人や企業のこと。パナマ文書やパンドラ文書を契機に、近年は実質的支配者の把握を強化する議論が国際的に高まっています。ところが、開示を義務付けている国は2020年時点で64カ国にすぎません。日本は2022年に実質的支配者リスト制度を導入したのですが、法務局への情報提供はあくまでも任意。そのため、金融機関のマネーロンダリング対策以外では充分に活用されていないのです。もしこの制度が日本でも義務付けられていたら、ナガホリの件ではウルフパックであることが証明できたことでしょう。
♦乗っ取りの危機はこれからも続く! 企業経営者が理解すべき3つのポイント
今年の3月にナガホリの臨時株主総会が開催され、金山エネルギーが要求していた現取締役全員の解任と新取締役の選任は反対多数で否決されました。金山エネルギーは議決権を行使しなかった模様で、どうやら仲間割れが発生し、このスキーム自体が空中分解したようです。市場を騒がせたナガホリの乗っ取りは成功することなく帰結し、謎めいた許振東氏の姿もまた、闇の中へ消えてしまいました。
杉本:私は許振東氏をめぐる乗っ取り事件は、日本の上場企業にとって3つの含意があると思っています。一つは「チャイナマネーの侵出」。三期目の習近平政権でも反腐敗キャンペーンは大きな熱量を持って続けられていますし、コロナ対策による経済減速で、中国の富裕層とその資産はさらなる海外逃避が進んでいます。そのデスティネーションになっているのがシンガポールと日本。特に日本は高度人材がビザを取得しやすく、資産の流動性も高いため、格好の標的となっているのです。もう一つは、「日本企業の株主重視が不可逆の流れ」であること。資本の効率化やガバナンスに対して厳しいアクティビストの活動が活発化しているだけでなく、機関投資家やアセットマネジメントも、彼らの株主提案に賛同するケースが増えています。加えて、今年3月に東証が表明した「PBR1倍割れの企業は改善策を開示・実行せよ」という方針が決定打になりました。最後は、これから迎える「外資への新開国時代」です。政治的・経済的安定のためには日本株の水準を高く維持しなければなりません。日本株の主要な買い手は海外の投資家です。また、岸田政権の対日直接投資100兆円計画や、工場誘致、M&Aも外資を呼び込む要因になるでしょう。
杉本氏の考察を要約すると、以下の3点が明確になってきました。
1.日本企業の株主にチャイナマネーが入る可能性は、以前よりも高くなっている
2.株主の取締役選任や資産の処分・取得に対する声を無視することはできない
3.この中で、日本の実質的支配者の制度が真の株主を可視化できない現実に、企業は直面する
中国の存在感が脅威と呼べるまでに拡大した昨今、これらの指摘は経営者の皆さんにとっても価値ある学びとなるのではないでしょうか。
♦海外企業は言わずもがな。日本企業への実効支配も着々と進んでいる
FRONTEO山本からは、「中国政府および地方政府はどのような企業を実効支配しているか?」をテーマに、当社が開発した経済安全保障対策ネットワーク解析システム「KIBIT Seizu Analysis(読み:キビット セイズアナリシス)」の活用例を紹介しました。
山本:中国政府が100%実効支配している企業は、世界に7万社以上もあります。理解を深めるため、ここでは5つの解析事例を紹介します。最初に取り上げたE社は、金属シリコン素材を扱うノルウェーの上場会社。世界的にも重要な位置付けにある企業ですが、中国政府の実効支配率はなんと100%。これはAI分析でなければ表に出てこない情報です。
2例目はJ社。アメリカの制裁リストに含まれている、ロシアのガス企業です。5段上に出てくる中国政府の実効支配率は13.4%ですが、議決権などの株主権利を考えると無視できない数字と言えるでしょう。
3例目は社名を明かせませんが、日本のスキーリゾートです。実行支配率と間接保有比率は共に10%以上。よって、中国政府は会計データや帳簿データの開示請求ができるわけです。
4例目は地方政府(天津市)による株主支配例。M社は太陽光発電を手掛けるシンガポールの企業です。中国は世界各国でこの分野に進出しており、その一例と言えるでしょう。
最後は、知名度の高い日本の製薬企業への株主支配例です。実行支配率、間接保有比率共にまだ小さいので実質的な支配力はないと思われますが、3カ月後、1年後にどうなっているかは誰にも分かりません。今後もウォッチしていく必要があるでしょう。
コーポレートガバナンスの観点からも、経営者の皆さんにはこうした事実を事前に調査し、経営をコントロールしていただきたいと考えています。