【経済安全保障取り組み動向調査】 経済安全保障に取り組む企業がほぼ半数!膨大な「サプライチェーン」対策にAI活用を期待
2023年5月17日「対日M&A新局面とチャイナマネー」習近平政権から逃げ出した中国人富豪が、日本で乗っ取りを仕掛けるまで <2023年5月25日開催>
2023年6月20日【本勉強会のあらまし】
2023年3月18日、日本とドイツはサプライチェーンの強靭化や経済安全保障面での協力を推進していくことで一致しました。4月に開催されたG7外相会合では、外交文書に初めて経済安全保障の項目が記載されています。経済安全保障推進法の施行後、国家レベルでの動きが一層活発化してきました。今回は前編で解説した「戦略3文書策定の概要と背景、改定のポイントやその意義」に続き、昨年12月20日に閣議決定された「特定重要物資11分野」について、経済安全保障推進法の段階的施行状況と照らし合せた要点を取り上げました。前回に引き続き、お招きしたのは安全保障論やリスクマネジメントの専門家として多方面で活躍されている金沢工業大学大学院教授の伊藤俊幸先生。併せてFRONTEO 取締役山本麻理からは、「半導体サプライチェーンのデカップリング」について、FRONTEO AIを用いた解析事例を紹介しました。
金沢工業大学大学院(虎ノ門キャンパス) 教授
株式会社FRONTEO戦略アドバイザー
伊藤 俊幸 先生
防衛大学校機械工学科卒、筑波大学大学院修士課程(地域研究)修了。海上自衛隊で潜水艦乗りとなる。潜水艦はやしお艦長、在米国日本国大使館防衛駐在官、第2潜水隊司令、海上幕僚監部広報室長、同情報課長、防衛省情報本部情報官、海上幕僚監部指揮通信情報部長、海上自衛隊第2術科学校長、統合幕僚学校長、海上自衛隊呉地方総監を経て、2016年より金沢工業大学大学院(虎ノ門キャンパス) 教授を務める(イノベーションマネジメント研究科 イノベーションマネジメント専攻)。
株式会社FRONTEO 取締役/AIソリューション事業統轄 兼 社長室長
山本 麻理
広告代理店に入社後、リスクマネジメント会社に在籍。メンタルヘルスケア事業を立上げ、事業計画、商品開発、マーケティング、営業戦略を実行し業界トップシェアへと導く。2014年に同社取締役に就任し、2017年に東証一部上場を実現。2018年12月より株式会社FRONTEOに参画、2020年取締役に就任しAIソリューション事業全域を管掌・指揮。
◆安全保障の実現には総合力が必須。その背骨となるのが防衛
前回のウェビナーで伊藤先生は、国家安全保障戦略の基本的なアプローチが「総合的な国力」にあると強調しました。特定重要物資に触れる前に、改めてその意味を振り返っておきましょう。
伊藤氏(以下敬称略):外交・防衛・経済・技術・情報からなる総合力を使ってどのように安全保障を実現するか。国家にとってはこれは当たり前の発想です。防衛費が5年間で総額27兆円から43兆円に増額することから防衛の側面のみが強調されがちですが、安全保障として見るならば偏った見方です。企業がビジネスで交渉できるのは、パワーのある商品があるからですよね。パワーがあるから交渉における言葉が意味を持つわけです。同じように、日本も長きにわたって基盤的防衛力というパワーを背骨に外交を司ってきた。日本政府は認めないかと思いますが、外国からみればこれは厳然たる事実です。しかしながらロシアによるウクライナ侵略により、背骨である日本の防衛力が今までの基準でよいのかということに改めてスポットが当たり、その結果防衛だけが目立ってしまったのです。私は、防衛力とは交渉における発言力として、日本の国際的な地位を高めるための一つの要素だと考えています。
ではその防衛費について見てみましょう。メディアでは防衛力整備計画に記された43兆円という数字だけが一人歩きしましたが、注目すべき点はそこではありません。伊藤先生は、各分野の事業費がどこへ投じられるかが重要だと指摘します。
伊藤:例えば、「スタンドオフ防衛能力」というのは新たなミサイル開発を指しています。開発するのは防衛省ではなく日本の防衛産業、つまり民間企業です。政府は「民間企業の力こそが日本の防衛力そのもの」であると、戦略3文書に明記したわけです。西側諸国なら当たり前なのですが、日本では戦後初めてのことです。一昔前なら軍国主義の復活と言われたかもしれません。しかしながら国連によって紛争が解決できなくなった今、西側民主主義国家は防衛費に関して新たな基準を持つ必要がでてきました。そうしないとロシアや中国のみならず、力を持ちつつあるグローバルサウスの発言力にも負けてしまうからです。
民間の力を活用する際、課題になる防衛装備品の海外移転について。日本では平和国家としての基本理念を堅持するため、ルールを厳格に定めた「防衛装備移転三原則」やその運用指針によって、防衛装備品の海外移転が厳しく制限されています。
伊藤:国際基準と比べるとかなりハードルが高かったのですが、ウクライナへの支援をきっかけに昨年4月、運用指針が見直されました。防弾チョッキを送るために、わざわざ運用指針に新たに1項目を付け加えました。またG7の国々との話し合いなどを通じて、ウクライナに対する諸外国との違いはさらに明確になりました。「日本は今のままでいいのか?」ということで、今年4月には「防衛装備移転三原則」のさらなる見直しを議論する実務者協議の初会合が開かれました。国は防衛産業への支援を進めると同時に、防衛装備品の使い方についても新たな指針を示そうとしているのです。
◆外国資本に制限をかけ、日本企業を応援する仕組みがやっと動き出した
ここからは本題の「特定重要物資11分野」について。政府は昨年の12月20日、経済安全保障推進法の「特定重要物資」に関して11分野の指定を閣議決定しました。サプライチェーンの強靱化を進め、生産体制の強化や備蓄を拡充することが狙いです。また、有事の際に安定して物資を確保できる体制を整える構えです。対象となる事業者への支援は、令和4年度第2次補正予算で1兆358億円が計上されています。
伊藤:驚いたことは、最近までこれら11項目のすべてが外為法に指定されていなかったという点です。外為法は、外国資本から国家の安全上問題のある投資を受けていないか、あるいは日本企業が武器などの開発に用いられるおそれのある製品や技術を輸出していないかをチェックし、制限をかける法律です。安全保障等の観点から一定の業種がコア業種として指定され、事前届出が求められます。昨年までは「特定重要物資11分野」のうち「航空機の部品」と「抗菌性物質製剤」しか指定されていなかったのですが、今年3月にようやく残りの物資も追加指定されました。問題のある外国資本に制限をかけ、海外へ出て行く日本企業を応援する仕組みが、やっと動き出したのです。
支援金額の大きさも見逃せません。例えば半導体の場合、10年以上継続して事業を行う中小企業には設備投資費の1/2を、大企業には1/3を助成。また、クラウドプログラムのような研究開発分野にも多額の支援を行います。
伊藤:クラウドプログラムは量子コンピュータのような最先端の技術を使って研究開発を行うのであれば、設備投資の半額にあたる助成金が支給されます。日本が世界のマーケットで戦える産業分野をつくりたいという、国の強い意志が明確に表れています。この「特定重要物資11分野」は、経済安全保障推進法に基づく純粋に民間企業への支援ですが、これとは別に防衛装備品に対しても、防衛装備庁が今までとは違う枠組みで進める方針を防衛産業向けに打ち出しました(6月7日「防衛装備品生産基盤強化法」成立)。安全保障という観点から、国はこの両輪で民間企業を支援することを決定したということです。
昨年5月に成立した経済安全保障推進法では国の安全保障に関わる「特定重要技術」への支援も盛り込まれていますが、こちらはまだ20の分野で調査研究が進められている段階です。中国の技術レベルが急速に高まっているなか、日本の現状に課題はないのでしょうか。
伊藤:特に心配な技術はバイオテクノロジーです。海洋や宇宙・航空の技術は安全保障に直結していますが、バイオも極めて重要なのに業界自体にその意識が薄い。この分野では特に中国が安くて良い製品を作りますから、日本のバイオ業界が充分な調査を行わないまま中国と取引しているのがほとんどのようです。日本には再生医療のように世界でトップクラスの技術があるだけに、これが盗まれるのではないか心配しています。
◆経済安全保障に欠かせない“民間レベル”のセキュリティ・クリアランス
今年3月、日本の大手製薬会社に勤務する50代の男性が「反スパイ法」違反の容疑で中国当局に拘束されました。中国に支店や工場などの拠点を持つ日本企業は数多くありますから、こうした事態に直面する危険性はどの企業にもあてはまるでしょう。また、台湾有事の際はさらに危機的な事態が起こるという見方もあります。
伊藤:最大の問題点は日本にスパイ防止法がないことです。今回のような事態が起こった場合、諸外国は自国で逮捕・拘束した相手国側スパイとの交換という形で事を納めるのが普通です。スパイ防止法による外交交渉ですね。でも日本にはそもそもこの法律がないので、交渉に入ることもできません。外国で捕まった自国民を、真っ当な手段で救うことができないのです。前回も触れたように、経済安全保障においても日本はインテリジェンスに弱点があるということです。
経済安全保障推進法にある4つの柱(重要物資の安定的な供給の確保、基幹インフラ役務の安定的な提供の確保、先端的な重要技術の開発支援、特許出願の非公開)は、今年8月から段階的に施行される予定です。スパイ防止法もなく、ファイブ・アイズ(英語圏5カ国による機密情報共有)にも加盟していない日本で、安全に進められるのでしょうか。
伊藤:柱に関わっている人物がスパイだったらアウトですよね。ですから本来必要なことは、関わる人に対してきちっとしたセキュリティ・クリアランスを与えることなのです。これは安全保障に関わる機密情報にアクセスできる民間の資格者を政府が認定する制度のことで、国籍や出生だけでなく宗教や思想信条まで、あらゆる面から調査されます。G7の国々はすでに民間人に与えており、そういう人を保有していない企業は、取引先にも選定されないということが起きています。日本は公務員や自衛官に対するセキュリティ・クリアランスはありますが、民間人にはないのです。個人情報の保護とは真逆の動きですから確かにハードルは高いと思いますが、導入しなければ世界を相手にビジネスができない時代がやってくるのです。
インフラの安全確保も動き出しています。経済安全保障推進法では電気、ガス、放送、鉄道など、14業種の「特定社会基盤事業者」が規制を受けることになりました。
伊藤:これらの事業者はサイバー攻撃を受けた場合の脆弱性についてスクリーニングされます。インフラを構築する前に、攻撃を受ける懸念のある外国製品が組み込まれていないか審査されるのです。まとめると、先に挙げた4つの柱のうち「重要物資の供給網強化」と「インフラの安全確保」は確実に動き出そうとしています。「先端技術の研究推進」もまもなく具体化されるでしょう。「非公開特許の導入」が施行されるのは来年の5月を予定。経済安全保障推進法の5つ目の柱にはなっていませんが、セキュリティ・クリアランスは政府内で議論が進められている段階です。ようやく西側の民主主義国家のレベルに近づいてきたという印象ですね。
◆半導体サプライチェーンの解析で見えてきた“驚きの関連性”
FRONTEO山本からは、当社が開発した経済安全保障対策ネットワーク解析システム「KIBIT Seizu Analysis(読み:キビット セイズアナリシス)」による「経済安全保障解析ソリューション」の活用例を紹介しました。
山本:今回は当社のサプライチェーン解析ソリューションを使い、「半導体サプライチェーンのデカップリング」を調査しました。上流取引ネットワークを解析し、半導体を製造する主要18社を選定。18社にとって共通して依存度(チョークポイントスコア)の高い供給元企業を算出し、その中からソフトウェア企業を抽出して並べると、上位の2位、3位に、代表的なEDA(Electronic Design Automation)ベンダのSYNOPSYSとCADENCEが並びます。EDAは、米国が圧倒的な優位性を持つ半導体製造において必須のソフトウェアです。
SYNOPSYSはどのような企業にソフトウェアを販売しているのか。それを示しているのが次の図です。米国のサンクションリストに掲載されている企業が3社、非掲載の企業が1社(VERISILICON)ピックアップされました。これらは全て中国企業です。
VERISILICONはSYNOPSYSのOEMパートナーで、米国の様々な半導体メーカーに設計サービスを提供しています。その提供先はこの図にあるとおり。NVIDIA、INTEL、APPLEなど、世界の半導体業界をリードする企業との関連性が見えてきました。米国政府は半導体規制を強めていますが、そもそも自国の企業がこういう状況だという驚くべき事実があります。これをどう解釈すべきでしょうか?
米国企業を含めたこうした状況を知ることは、企業を経営するうえでとても重要な材料になると思います。こうした関連の中に自社と関わりのある企業が入っていたら、次の選択肢を考える必要があるでしょう。当社は今後も日本企業の予備調査支援を行っていきます。