「経済安全保障に関する海外の最新動向《後編》」経済安全保障に関する最新論点 ~米国の対中投資規制とディスインフォメーションの脅威について~ <2023年8月22日開催>
2023年10月18日「サードパーティ・リスク管理 ~レジリエンス体制の構築と高度化~」企業がレジリエンスを高めるための適切なリスク管理とは? <2023年10月31日開催>
2023年11月28日今、中国経済の先行きに世界の注目が集まっています。大手不動産デベロッパー恒大集団(Evergrande Group)がデフォルトするなど、長らく成長を支えてきた不動産市場は著しく減速。国内の消費は伸びず、欧米の景気後退を受けて貿易も不振です。そんな経済と共にもう一つ注目を集めているのが、習近平政権の対台湾政策です。景気低迷に直面する国民の不満をそらすため、習政権は暴走して最悪の結果を招いてしまうのでしょうか。それとも世界へ向けて軟化のシグナルを出すのでしょうか? 講師にお招きしたのは、中国経済の専門家として活躍されているNewsPicks編集委員の杉本りうこ氏。台湾での現地インタビューをもとに中国経済の現況を分析しつつ、重点を置くべきポイントに深く切り込みました。併せて株式会社FRONTEO 取締役山本麻理からは、「紛争鉱物を巡るサプライチェーン」についてFRONTEOのAIを用いた解析事例を紹介しました。
NewsPicks 編集委員
杉本 りうこ
神戸市出身。北海道新聞社、中国・北京留学を経て2006〜19年に東洋経済新報社。「中国会社四季報」編集長、週刊東洋経済副編集長などを務めた。2019〜22年にダイヤモンド編集部副編集長、2022年11月からNewsPicks編集部。副編集長を経て編集委員。
株式会社FRONTEO 取締役/AIソリューション事業統轄 兼 社長室長
山本 麻理
広告代理店に入社後、リスクマネジメント会社に在籍。メンタルヘルスケア事業を立上げ、事業計画、商品開発、マーケティング、営業戦略を実行し業界トップシェアへと導く。2014年に同社取締役に就任し、2017年に東証一部上場を実現。2018年12月より株式会社FRONTEOに参画、2020年取締役に就任しAIソリューション事業全域を管掌・指揮。
♦“経済状況と対外姿勢の関係性”に明らかな変化が現れている
2022年夏、中国社会の内幕を暴露した『レッド・ルーレット』という本が発売されました。著者は、温家宝元首相一族の不正蓄財を助けた富豪のデズモンド・シャム氏。インタビューした杉本氏に対し、同氏はこう語りました。「経済力が増せば増すほど共産党の攻撃性は高まる。中国経済が衰退しない限り、その勢いが削がれることはないだろう」と。
杉本氏(以下敬称略):経済の成長と防衛費の伸びはシンクロしてきましたから、一面ではうなずける考え方ではあります。ただ、これに疑問を抱く人もいるのではないでしょうか。中国経済は明らかに減速していますが、その一方で、今年の夏から中国の台湾に対する攻撃性が増して見えるからです。人民解放軍による台湾への侵攻を前提とした演習が活発化し、台湾の国防部長が「中国軍は異常な動きをしている」と発言したほどでした。実は今年に入ってから、米国の議員や識者も「経済が減速したら中国は敵対的になる」と言い始めているのです。例えば下院中国特別委員会のギャラガー委員長は、テレビ番組で「習近平氏は経済問題に加え、深刻な人口問題に直面する。台湾を本気で奪取したいなら、今後5年間が勝負と考えるだろう」と発言しています。
中国の経済力が増せば攻撃的になり、鈍化すれば攻撃性は弱まるという考え方は間違っていたのでしょうか。話の前提として、中国経済に対する客観的理解を深めましょう。
杉本:国の経済は、良くなることもあれば悪くなることもあります。私たちが考えるべきは、それが「調整局面なのか、それとも構造問題なのか」という点。現在の局面をピンポイントで見ると、不動産バブルの崩壊や若年層の失業率増大などから、中国はもう経済破綻していると言いたくなります。一方で実体経済の動向を統計データで見ると、必ずしも落ち込んでいるとは言えません。中国はまだ大丈夫と考えられるわけです。日本企業にとって困るのは、どちらを取るかによって中国戦略の見通しに大きなブレが生じること。局面の捉え方が判断ミスにつながるかもしれません。
♦7年前から起こっていた“より深刻な”経済の構造的問題
では構造問題に軸を置いて中国を見ると、何が見えてくるのでしょう? 杉本氏が口にしたキーワードは「中国の日本化」でした。「経済が長期低迷しつつある中国」を、世界が懸念していると言うのです。
杉本:日本化とは、野村総合研究所のチーフエコノミスト、リチャード・クー氏が提唱した“バランスシート不況”のことです。日本では90年代のバブル崩壊によって、不動産価格や株価が大暴落しました。企業や個人は新たな借り入れをせず、ひたすら借金を減らすことに専念したのです。これが起こるとゼロ金利などの金融緩和を行っても彼らはお金を借りないので、経済は停滞し続けます。政府は自らが最後の借り手になって財政出動するしかありませんが、日本ではそれが充分に行われなかったため、長期のデフレにつながったと見られています。これと同じ問題が、今中国で起こりつつあるのではないかと疑われているわけです。事実上崩壊している不動産市場、すなわち資産バブルの崩壊、そして借金返済を優先する企業や個人。現在の中国は、バランスシート不況が始まる条件を満たしています。
では、中国も日本と同じような長期の経済不況に陥るのでしょうか? 杉本氏は、「中国は日本経済を研究し尽くしているので同じ道を辿らない。だが、別の種類の構造問題に直面する」と見ています。
杉本:それは不動産バブルや資産バブルの崩壊より、もっと中国的で深刻な問題です。法人部門と家計部門の資金過不足の推移を見ると、中国経済が実は2016年から変調していたことが分かります。中国企業は既に7年前から、「お金はもう借りません。返します」と言っていたのです。当時の中国企業が高い経済成長を実現していたことを考えると極めて異常なケースで、これは日本を含め、どの先進国にも見られなかった現象です。考えられる仮説は3つあります。1つは、人口減少による投資機会の減少。実際に減少したのは昨年からなので、将来を見極めた上での行動ですね。次に、国内の賃金上昇による中所得国の罠。企業はベトナムやラオスなど、労賃の安い国へ投資するようになりました。これが起こると中所得国は高所得国になれず、低所得国に戻る可能性すらあります。最後は、当局の規制強化による投資リスクの拡大。実はこれが最も疑わしく、中国にとって本質的な問題と言えるのです。
あらためて2016年に目を向けて見ましょう。政治的な視点で見ると、この年は中国にとって大きな転換期でした。
杉本:習近平氏が国家主席に就任して3年経った時期です。この間の最も大きな出来事は、2013年に始まった“反腐敗キャンペーン”でした。「トラもハエもたたく」と言って、共産党の高級官僚から地方幹部まで、汚職に手を染めた公務員を徹底的に摘発したのです。実際のところ、これは習近平氏による激しい政治闘争でした。2016年までに、なんと100万人以上が摘発されたと言われています。この結果、地元の高官を頼れなくなった企業経営者は投資を控えるようになりました。中国全体が投資しにくい市場になったのです。
♦台湾の安全保障エキスパートはこう見ている
中国経済の本質的な問題は明らかになりました。では、それを踏まえて習近平氏の対外姿勢をどのように捉えたらいいのでしょう? 台湾で安全保障のエキスパート(国家安全会議の元メンバー)に取材した杉本氏によると、彼らが米国の議員や識者とは異なる見解を持っていることが分かりました。
杉本:今夏の人民解放軍による演習について、彼らはとても慎重な見方をしています。中国を非難した国防部長に対し、「そもそもあの発言は適切だったのか?」と疑っているのです。その理由として挙げたのは、中国による軍事活動が一貫して増加傾向にあること。特に8月から10月はもともと軍事演習を多く行う時期であること。特に今年は台湾が中国の上陸を想定した陸海空の統合演習を行ったため、人民解放軍の示威行動は事前に想定できたこと。そして実際に中国が台湾を侵攻するなら、3~4カ月前には民間の視点でも明らかなレベルで準備が進むこと、などです。つまり台湾の専門家は、「演習を巡る一連の報道は先走りしすぎており、冷静な解釈が求められている」と判断しているのです。
とはいえ、習近平政権が台湾に脅しをかけるだけで終わるとも言い切れません。安全保障のエキスパートは、中国経済と対外姿勢の関係をどのように見ているのでしょうか?
杉本:彼らが指摘したのは「経済運営に対して国民が不満を持っているかどうか」、そして「政権がその不満をコントロールできるレベルかどうか」の2点です。湧き上がる国民の不満をコントロールできなくなった時に初めて、習近平政権は不満の矛先を海外に転換すると見ているのです。興味深い事例を紹介しましょう。日本ではあまり報道されていませんが、今年の夏は中国で豪雨があり、各地で死者が出るほどの被害が発生しました。この水害の後、中国のSNS上に、歴代の指導者が被災地を訪問している過去の写真が次々とアップされたのです。これらは「習近平よ、お前は被災地に行かないのか」という隠れたメッセージでした。ところが、写真は大衆が大して目にすることなく速やかに中国のネット空間から削除されました。今のところ、習近平政権は大衆の不満を上手くコントロールできているのです。
でも安心することはできません。エキスパートが指摘した問題点は、さらに奥深いところにありました。
杉本:最大の問題は、習近平氏が国民の不満についてどのように考えているのか全く分からないということです。彼らは「習近平氏の頭の中は完全にブラックボックス化しており、台湾どころか世界中どこの政権であっても中国の内情を把握することはできない」と指摘しました。実際、習近平氏に直接会ってその考え方を理解できている共産党幹部は、極めて少ないと言われています。今年に入って米国の大物高官が続々と訪中していますが、その理由は報道にあるような「意思疎通のためのパイプ維持」ではありません。台湾のエキスパートによると、それは「習近平氏が何を考えているのか理解するルートがなく、仕方なく中国へ赴くしかなかった」からなのです。共産党幹部を通しても無理なので、自ら乗り込んで気配を探るしかないというのが彼らの現状分析です。であれば、表面的な経済数値を見ても意味はありません。疑心暗鬼になった習近平氏は爆弾のような存在であり、何がきっかけになっていつ爆発するか、誰にも分からないからです。
好戦的か好意的か? そんな見方そのものを覆す、想像を越えた着地点でした。今回の要点をまとめましょう。
- 中国の経済減速は単なる調整ではなく、構造的な問題である
- 短期的には、経済の悪化が対外姿勢の硬化へと至る明確な兆候は見られない
- ただし政権意図のブラックボックス化は進み、予測不可能な部分が増えている
企業経営者や対外業務に就かれている方々は、これらの点を充分に理解したうえで対中国戦略を練っていただきたいと思います。
♦対欧州ビジネスで役立つ“紛争鉱物解析シミュレーション”
FRONTEO山本からは、「紛争鉱物を巡るサプライチェーン」をテーマに、当社が開発した経済安全保障対策ネットワーク解析システム「KIBIT Seizu Analysis(キビット セイズアナリシス)」の活用例を紹介しました。
山本:紛争鉱物を取り上げた理由は、欧州を中心に紛争鉱物調査を取引成立の条件としている企業が増えているからです。解析のベースにしたのは、「責任ある鉱物イニシアチブ(RMI)」という民間団体が作成したリスト。鉱物は金、コバルト、錫などのレアメタルです。今回は米国の電気自動車メーカー、Teslaを例にサプライチェーンを見てみましょう。同社のサプライチェーンの上流を解析したところ、紛争鉱物ホワイトリスト以外の精錬所・精錬所39社中、26社が検出されました。これは、同社がこれらの企業から材料を調達している可能性を示唆します。
金の関連度が最も高かった調達先は、中国安徽省のTONGLINGという精錬所。その親会社は人民政府国有資産監督管理委員会が100%保有する“ザ・共産党”的な企業です。ここから3段先にTeslaが出てきました。
コバルトの関連性が高かったのは、福建省アモイ市のXTC NEW ENERGY MATERIALS XIAMEN。同社は中国の大手バッテリーメーカー、CATLを通じてTeslaに電池の原材料を供給しています。名は伏せますが、XTCと直接取引している日本企業があったことにも驚きました。
紛争鉱物リスクは、企業の対欧州ビジネスに直接影響を及ぼす可能性があります。また、米国のCDP(気候変動に関する非営利団体)対応によって輸出入の影響を受けている企業も少なくないでしょう。紛争鉱物リスクに懸念のある企業の皆様は、今一度サプライチェーンにご留意いただければと思います。