【経済安全保障 基礎知識編 Vol.4】「デカップリング」とは?
2022年9月5日【経済安全保障 基礎知識編 Vol.6】「セキュリティ・クリアランス」とは?
2022年10月19日複雑化する世界情勢、規制動向、AIテクノロジーが担う役割を解説する本ブログにおいて、経済安全保障の文脈を読み解く上での重要キーワードを「基礎知識編」として随時紹介していきます。
第5回は経済安全保障、とりわけ多国籍企業の組織編成に大きな影響を持つ「チョークポイント」について解説します。
チョークポイント=避けて通れない「要衝」。だからこそ、所在の把握が最重要
昨今、さまざまな文脈で見聞きする「チョークポイント」という言葉ですが、この言葉は元来海洋国家の地政学における概念で、その1点を押さえることで航路全体(線)や海域(面)を制圧できる、戦略的に重要な海上水路」*¹を指します。あらゆる人がその「要衝」「関所」を通らなければ目的地にたどり着けず活動がストップしてしまうため「その要衝を管理している主体が大きな影響力を持っている」という考え方です。現代では、物資やエネルギー資源のグローバルな取引が加速化し、国の安全保障の観点からもチョークポイントの重要性は増大しています。ここから転じて、「ある技術分野において、全体の性能やコストを実現するために必要不可欠な特定の技術」*²をチョークポイント技術と呼ぶこともあります。また感染症危機管理におけるチョークポイントは病原体(細菌やウイルス)の入手であるといえます。
半導体サプライチェーン上のチョークポイントを衝いた米国
経済安全保障におけるチョークポイントを語る上でわかりやすい例が米国によるファーウェイ排除です。2020年5月に米国政府はファーウェイに対する輸出管理措置を強化し、ファーウェイから受託して部品や半導体を製造している台湾企業などに、対ファーウェイへの輸出を事実上禁止しました。この措置により、5G通信網へのファーウェイの一部参入を認めていた英国政府は、ファーウェイの通信機器の製造が計画通りにいかなくなるということを名目に、5G通信網からのファーウェイ排除を決定しました。これは米国が、半導体サプライチェーンにおけるチョークポイントを衝くことで他国の政治的決定を左右した、つまり「経済をテコに政治を動かした」例と言えます。このような米国の打ち手については、ファーウェイが国家安全保障への脅威になり得るというのが表向きの理由ですが、実際には、次世代通信規格の5G で世界シェアの多くをファーウェイ製品が占めることに対して米国が危機感を抱いたためにとった対応と考えるのが正しいでしょう。
権威主義国家への依存・高希少性品目における特定国依存・人権問題に最大限の警戒を
サプライチェーン上のチョークポイントのリスクパターンについて、いくつかの典型的な例を見ていきましょう。まず、権威主義国への依存は大きなリスクです。日本において「特定の『民主主義国』からの輸入に依存する品目(スイスの腕時計など)」*³より圧倒的にリスクが高いのは、「特定の『権威主義国』からの輸入に依存している品目」*³です。「ゲーム機やノートパソコン、携帯電話のように、コスト競争力の面などから中国依存が進んでいるが日本でも技術的には生産が可能な品目が存在する一方、蓄電池の材料となる酸化リチウムや半導体の材料であるシリコンなどは、資源の地理的偏在も要因となり日本での生産はそもそも難しい」*³のが実情です。中国などの権威主義国からの供給が日本の製造業の命運を左右している場合、これこそがチョークポイントとなっているといえるでしょう。
>>「権威主義国への依存」を解消する方法をAIがサジェスト。FRONTEOの経済安全保障ソリューションは、サプライチェーンのリスクを最小限に抑えます>>詳しくはこちら
希少性の高い品目における特定国や企業への依存もまたリスクです。「輸入金額が小さくても、サプライチェーン上重要な品目」*³として挙げられるのが、フッ化水素です。
半導体は「産業のコメ」とも呼ばれており、ありとあらゆる社会・経済活動に深く関係していますが、その半導体製造に欠かせないフッ化水素について、日本の輸入相手国の約9割が中国であることは見逃せません*⁴。「日本メーカーが中国の合弁会社で製造し、日本に輸入している」中で、「(フッ化水素の)原料である蛍石の世界生産シェアは中国が 63%」*³であるという現状は実に危ういといえます。素材大国である日本は「いかにもサプライチェーンの最も川上に位置している」*⁵ように思えますが、実は「素材を生産する際に用いる原料の多くを輸入に頼っている」*⁵傾向があり、これは日本企業にとっての痛い泣き所です。こういった希少品目の集中的生産拠点は、輸出国にとって自国への影響は小さく、かつ相手国への影響力を最大化できるチョークポイントであるといえるでしょう。
人権問題をはらむ調達先への依存をサプライチェーン内のチョークポイントとして有していることは、ESG経営という観点でも極めてリスクレベルが高いといえます。ウイグルの人権問題、ミャンマーの軍事クーデターなどの人権問題は、どれも日本企業のESGリスクに直結する課題です。人権問題を抱える特定の国家や企業に、いつの間にか自社のサプライチェーンのチョークポイントを握られる事態を回避するために、グローバル経済ネットワークにおけるチョークポイントの所在や、自社のサプライチェーンと奴隷労働との関係性の有無について、AIテクノロジーを使った把握・解析を行うことは有用であるといえます。
*²2022年6月17日 産業総合研究所「次世代コンピューティング基盤戦略を策定」
*³2021年9月8日 三菱総合研究所「NEWS RELEASE日本経済・企業のサプライチェーン強靭化に向けた提言