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第6回は経済安全保障に深くかかわりのある「セキュリティ・クリアランス」について解説します。
官民における機密情報の担い手にお墨付きを与える「セキュリティ・クリアランス」制度
昨今よく耳にする「セキュリティ・クリアランス」という言葉ですが、これは政府職員だけでなく民間人も取得が可能な「重要な機密情報の漏洩を防ぎ、機密情報を悪用しない人物であることを国が証明する信用資格」*¹を指します。ファイブアイズ諸国はもちろんのこと、ドイツ、フランス、韓国などにおいてもすでに導入されており、制度を有する国家同士でセキュリティ・クリアランス制度の相互認証が図られています。情報漏洩を防ぎつつどのレベルの機微情報を共有しあうことができるかについては、各国のセキュリティ・クリアランス制度でランク分けがなされています。取得に際しては犯罪歴などだけでなく交友関係や財務状態なども含めた身辺調査を行う必要があることから、個人情報保護の観点で慎重論が根強いですが、日本に導入するメリットも複数あると考えられています。
導入のメリット1:機密情報の持ち出しリスクを低減できる
日本にはいわゆる「スパイ防止法」が存在しません。日本は最先端の技術、情報、人材が集まり高度な研究開発や企業活動を行われている国であるにもかかわらず、スパイ活動に対して重刑が課せられにくいことから、諸外国から「スパイ天国」とさえ呼ばれています。セキュリティ・クリアランス制度が導入されれば、機密情報にアクセスできる人がスパイであるリスク、あるいはスパイに付け込まれるリスクを下げ、スパイ活動に対する防御策として機能するはずです。実際には、2019年2月に日本の工具メーカーの中国籍の社員が設計情報を国外流出させたケース、2019年6月には日本の電子部品メーカーの企業秘密である技術情報を海外使用する目的で日本人社員が持ち出し、退職後中国の競合他社に転職したケース、2020年10月には日本の化学メーカーにおいて日本人社員が営業秘密に当たる先端技術情報を中国企業に漏洩させ、その後ファーウェイに転職したケースなど、科学技術情報の流出事件は昨今枚挙に暇がありません。
導入のメリット2:国境を越えて機密情報を共有し共同研究が行える
日本のメーカーの開発者が諸外国の民間企業と共同研究しようとしても、セキュリティ・クリアランス制度が整っていないため断念せざるを得ない事例も出始めています。最先端の技術は軍民両用の「デュアルユース」の性質を持っているので、欧米諸国が中国などへの技術漏洩リスクに身構えるのも無理はありません。日本では国家機密の管理ルールを定め、漏洩した人に厳罰を科す特定秘密保護法が2014年に施行されましたが、対象となる民間事業者は限定的であり、セキュリティ・クリアランス制度を有している諸外国との連携においては、いまだ不十分な体制です。「統合イノベーション戦略 2020」(2020 年7月 17 日閣議決定)においては「科学技術・産業競争力を最先端レベルで維持するとともに、国際共同研究を円滑に推進し、我が国の技術的優位性を確保・維持する観点も踏まえ、諸外国との連携が可能な形での重要な技術情報を取り扱う者への資格付与の在り方を検討」*²する必要性に言及がなされています。
導入のメリット3:企業のビジネスチャンスの拡大につながる
セキュリティ・クリアランス資格が民間事業の担当者に付与されると、諸外国の政府や企業とのビジネスチャンスの拡大にもつながります。セキュリティ・クリアランス制度を有しない場合、「自動運転に対するサイバー攻撃防御(AI、地図情報、画像解析技術など)」*³について、「ZERODAY情報などがテスラやGMには開示されるがシリコンバレーに出入りしていても日本企業には開示されない」*³可能性が高いというのは痛手です。「電気通信、電気・ガス・石油、重要鉱物、自動車(一部製造業)」といった業種は、セキュリティ・クリアランス制度の法制化によって特に大きな影響を受けると見込まれています。職種別では「リクルーティングや研究開発、オペレーション」*⁴への影響が特に大きいとの見通しです。セキュリティ・クリアランス制度は「ESG投資の機関投資家には、企業の安全保障政策の理解度が重要な判断基準になる」*³という時代の到来を後押しするカギを握っていると言えるかもしれません。
*¹ 2021年9月16日 日本経済新聞出版 國分俊史「経営戦略と経済安保リスク」
*² 2020年7月17日閣議決定 「統合イノベーション戦略2020」
*³ 2020年10月6日 杉田定大「米中新冷戦の中での日本企業の生き残り戦略」
*⁴ 2022年6月2日 日本総研 岩崎海「企業向け 経済安全保障におけるセキュリティクリアランスの活かし方」