「経済安全保障推進法案」が 5月11日に参議院本会議で与野党合意のうえ可決・成立。 ロシア・ウクライナ問題が日本企業に及ぼす影響は?
2022年5月11日「経済安全保障法制の重要ポイントと企業が取るべき対応」 緊急開催!ロシアのウクライナ侵攻を 日本企業はどう捉えるべきか? <2022年4月14日開催>
2022年6月30日【オンラインセミナー振り返り】既存の調達ルートを見直し企業価値を高める「チャンス」に?
「ウクライナ問題から考えるサプライチェーンリスクとその代替について」
日増しに緊迫化するウクライナ情勢と、成立間もない「経済安全保障推進法」に対する関心が深まる中、安全保障論や危機管理の専門家として知られ、執筆・講演など多方面で活躍している金沢工業大学大学院教授の伊藤 俊幸先生をお招きして、2022年5月20日(金)に勉強会を開催しました。今回のテーマは「ウクライナ問題から考えるサプライチェーンリスクとその代替性」です。伊藤先生からは、ウクライナ問題が勃発した背景、国際法上の解釈、NATOのスタンスに関する基礎知識を抑えた上で、経済安全保障推進法案の読み解き方と課題について解説いただきました。FRONTEO山本麻理取締役からは、ロシア企業の影響を排除するためにAIソリューションを用いて解析を行った事例を元に、サプライチェーンの代替可能性について紹介しました。
ロシアによる軍事侵攻は主張と行動に大きな乖離が存在
経済安全保障推進法を具体的に論ずる前に、ウクライナ侵攻の背景をあらためておさらいしました。ロシア側の考えを正しく理解すれば、残念ながら停戦はそう簡単には実現せず、その結果企業活動に及ぼす影響が広範かつ長期に及ぶことが想定できます。
ロシアはウクライナ侵攻について一応の「法的根拠」を掲げています。ウクライナ東部でドンバス地域を実効支配する親ロシア勢力が名付けた国家である「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」をプーチン大統領は承認し、両国と「友好協力相互援助条約」を締結。その条約による要請に基づき、ウクライナによって迫害されているロシア系の人々を保護するため「特別軍事作戦」をしているというのがロシアの一貫した主張です。ウクライナ領土の占領が目的ではなく、あくまで脅威に対する「自衛権の行使」と主張しています。(ちなみに、ドンバス地域では2014年から紛争や戦闘が続いていました。それは停戦合意「ミンスク合意」が、事実上のロシアによる実効支配を容認するもので、ウクライナにとって極めて不利な内容だったからです。)
ところが、主張とは裏腹に、その行動は侵略行為に他なりませんでした。それはロシアの本音はずばり失地回復にあるからです。多くのロシア人は、冷戦後の30年間「我々は西側に騙され、領土を奪われた」と考えており、プーチンはこれを取り戻すため、ウクライナ侵略を始めたのです。
また、クリミア半島はロシア海軍や海運にとってのチョークポイントであり、2014年の併合によってロシア海軍の地中海への進出を容易にしたことからもわかる通り、ウクライナそのものがロシアにとって地政学上大きな意味を持っています。これに対してウクライナもゼレンスキー大統領というカリスマリーダーに率いられる形で、徹底抗戦を誓い、国民は既に一致団結していますから、戦闘の長期化、それに伴う国家や企業への世界規模での影響の継続が不可避であることは明白です。
ロシアの行動が世界から非難されたのは、武力紛争に関する2つの国際法が根拠
戦争に関しては「武力行使を開始する権利に関する法規(ユスアドベルム)」と「武力行使開始後の戦闘方法手段に関する法規(ユスインベロ)」という2つの国際法が存在します。日本では「戦争に正義も悪もない」「戦争は全て悪」と考えられがちですが、これは正確ではないのです。
まず「ユスアドベルム」上、「他国への侵略」は当然違法です。しかし「国連安保理決議に基づく武力行使」つまり「集団安全保障による武力制裁」と、攻撃に対する「反撃」つまり「自衛権の行使」は、国連憲章に基づき、国連安保理が承認する限りにおいて合法となります。一方「自国民保護」と「人道的干渉」も慣習国際法上、合法な戦争なのです。ロシアによる2008年のグルジア紛争や2014年のクリミア半島併合は、この「自国民保護」だったため、国連も欧米諸国も厳しい対応がとれませんでした。
しかし今回ロシア軍は、両人民共和国への駐留だけではなく、首都キーフを含むその他の地域にいきなり攻撃を開始しました。前述した通り、ロシアは「特別軍事作戦」としてあくまで「自衛権の行使」を主張しましたが、国連安保理と総会では、圧倒的多数の国がこれを認めず、「他国への侵略」と認定し非難したのです。
一方「ユスインベロ」は戦闘方法について、軍事目標しか攻撃してはならないと規定している国際法ですが、今回のロシアの軍事行動は民間人を虐殺するなど完全な違反行為を行っています。これが戦争犯罪といわれる理由です。
つまり今回のロシアのウクライナ侵略は、この2つの国際法に違反していることから、ロシアは世界から孤立することになったのです。
NATOが核大国・ロシアによる侵攻を軍事的にストップさせることは困難
NATOがロシアによる侵攻に容易に直接介入できないことにはいくつか理由があります。
その第1の理由は、ロシアが核大国であることです。NATOが軍を直接派遣することを避けている主要因でしょう。ロシアは軍事ドクトリン上、戦闘時に「戦術核」(短射程。飛行場など軍事拠点の破壊を目的)を使用すると明言しているのです。NATO軍がロシア軍と直接対峙することになり、ロシア軍を圧倒した時点で、ロシアは「戦術核」を使ってくるのです。それは「戦略核」(長射程。首都や大都市の破壊が目的)使用にまでエスカレーションする可能性もあり、もし本格的な核戦争になれば世界は崩壊します。
第2の理由は、第1の理由にも連動しますが、第三次世界大戦は避けたいというNATO
側の思惑です。
第3の理由は、NATOにとっては、公式な国家間の約束である「条約」に基づく同盟関係にないウクライナを守る「義務」はないということです。ウクライナが全ての核兵器をロシアに移管した際、アメリカ・イギリス・ロシアはウクライナの安全保障を約束した「ブダペスト覚書」を取り交わしましたが、結局「覚書」では、その効力はなきに等しかったのです。
以上3点の理由からNATO側の介入は、武器貸与と経済制裁しか行いません。したがって、ロシアによる侵攻の停止に向けた道筋は当面の間不透明にならざるを得ません。
4つの柱からなる経済安全保障法が可決、ただし課題も
以上のように緊迫する国際情勢の中で成立した日本の「経済安全保障推進法」ですが、現時点において課題もあります。法律としては、「セキュリティ・クリアランス制度が盛り込まれていない」、「経済活動に対して国家が一定の制約をかける結果になる」ことの二点がまだクリアーになっていません。また「経済制裁をすると返り血を浴びる」ことを念頭に置く必要があります。特に「ロシア産石油・天然ガスの禁輸措置によってガソリンや電気の供給に影響が生じる」ことは無視できないでしょう。
AIソリューションによって探れる、サプライチェーンの代替可能性
FRONTEO山本は、資源調達におけるロシア依存と代替可能性を企業がどのように探るべきかについて、AIソリューションを使った具体的解析事例を紹介しました。
レアメタル(希少金属)であるパラジウムについては、世界全体における生産量においても日本の輸入先としてもロシアがトップ*¹であり、供給がストップした場合のインパクトを考慮すると、代替サプライヤーの確保は喫緊の課題です。ロシアパラジウム最大手ノリニッケル社からの企業パスの解析例として、台湾の半導体企業TSMC社や日本の自動車部品メーカー(以下の簡易解析参照)を取り上げて解説しました。イギリスのパラジウム企業アングロアメリカンプラチウム社にサプライヤーを置き換えた場合についても、別の代替シミュレーションモデルを提示しました。
合金鉄であるフェロクロムやフェロシリコンについては、ロシアの生産量は決して高くないものの、日本への輸入量が多いことを踏まえると*¹、やはり代替先の確保は重要です。アメリカの電気自動車メーカーテスラ社や日本の電機メーカー(以下の簡易解析参照)を例にとり、ロシア企業メチェル社の企業パスと、その代替サプライヤーを図解しました。
・ロシアに限らず権威主義国家における企業との取引においては、平時から代替サプライヤーへの備えが欠かせない。
・これまで企業は、グローバル化の過程で事業活動の基準を単一してコスト削減に成功してきたが、いまやコスト削減より、調達先の一極集中における企業リスクの削減のほうが重要な時代に。
・権威主義国家グループ以外にサプライチェーンを置くという選択が主流になりつつある。
*¹令和4年3月 経済産業省「戦略物資・エネルギーサプライチェーン 対策本部(第1回) ーウクライナ情勢を踏まえた緊急対策ー」