ノルウェー首相の訪問を記念して東京大学先端科学技術研究センターで開催されたワークショップにFRONTEOから研究開発責任者 久光 徹が登壇しました
2023年12月21日「複雑化する経済安全保障情勢と企業対応」自動車産業における経済安全保障のニュアンス <2024年1月25日開催>
2024年2月28日2018年の貿易摩擦から始まった米中の経済対立は、その後も拡大と深化の一途を辿っています。近年さらに顕著になってきたのが、先端半導体を中心とするハイテク摩擦。高度な演算やAI分野で必須の先端半導体を自国内で大量生産することが、経済安全保障上の必須要件になってきたからです。緊張感が高まっているのは、その製造拠点が集中している台湾の情勢。半導体の国産化を進める中国と、それを抑止しようとする米国の思惑が激しくせめぎ合っているのです。本講演では桜美林大学大学院の山田周平特任教授をお招きし、米中台によるハイテクトライアングルの現状と見通しを解説していただきました。また株式会社FRONTEO取締役の山本麻理からは、KIBIT Seizu Analysis(キビット セイズ アナリシス)を活用した「UFLPA制裁対象に追加されたエンティティ企業の解析事例」を紹介しました。
桜美林大学大学院 国際学術研究科 特任教授
山田 周平
日本経済新聞で台北支局長、アジア部次長、中国総局長を歴任し、日本経済研究センター研究員兼務を経て2023年4月より現職。共著に『アジアの経済安全保障 新しいパワーゲームの構図』(日本経済新聞出版)、『点検 習近平政権 長期政権が直面する課題と展望』(文眞堂)など。早稲田大学政治経済学部卒、北京大学外資企業EMBA修了。
株式会社FRONTEO 取締役/AIソリューション事業統轄 兼 社長室長
山本 麻理
広告代理店に入社後、リスクマネジメント会社に在籍。メンタルヘルスケア事業を立上げ、事業計画、商品開発、マーケティング、営業戦略を実行し業界トップシェアへと導く。2014年に同社取締役に就任し、2017年に東証一部上場を実現。2018年12月より株式会社FRONTEOに参画、2020年取締役に就任しAIソリューション事業全域を管掌・指揮。
♦東アジアに集中する半導体生産。注目すべきは中国と台湾の動向
台湾海峡に目を受ける前に、世界における半導体生産の現状を確認しておきましょう。これが課題理解への前提になります。
山田氏(以下敬称略):演算に使われる半導体は「ロジック半導体」と呼ばれ、回路を構成する線の幅が狭いほど性能が高くなります。その開発は1nm(ナノメートル=1ミリの100万分の1)単位で行われており、家電などに使われる40nm以下だと一般レベル、スマートフォンやデータセンターなどに使われる10nm以下なら先端レベルに該当します。現時点の最先半導体は、台湾のTSMCが量産する3nmのチップです。
半導体産業が発祥したのは米国ですが、1980年代に日本が急伸し、米国を脅かすまでになりました。ところが90年代に入ると、日本のシェアは急降下。代わって台頭してきたのが韓国と台湾であり、現状はチップ生産のトップを走っているのは台湾のTSMCで、2番手は韓国のサムスン電子です。米国のインテルは脱落気味となる一方、21世紀以降は中国が存在感を高めています。つまり2010年代以降、先端半導体を含むICの供給網は東アジアに集中しているのです。日韓台が生産した半導体チップを中国が人海戦術でパソコンやスマホなど最終的な電子機器に組み上げ、世界市場に輸出する国際分業が定着しました。もし台湾有事が発生したら、IT供給網は間違いなく大混乱に陥ります。
半導体産業の育成を強力に推し進めている中国。その背景にはどのような理由があり、現状はどのような状況にあるのでしょう?
山田:半導体のサプライチェーンは「企画・提案」「回路設計」「(設計した半導体回路を加工する)前工程」「(ウエハーから半導体チップを切り分けて封止・検査する)後工程」「販売・物流」に分けられます。90年代半ば以降の中国は電子機器の組立工場として成長してきましたが、今世世紀以降は組立工場からの脱却と半導体チップの国産化を目指すようになりました。それを実現するために打ち出したのが、独自の半導体振興策。2000年には国内の半導体メーカーに対する税制上の優遇措置を実施しました。転機になったのは、2014年の「国家IC産業発展推進ガイドライン」です。前年に習近平指導部が発足し、当局が本格的に資金援助することを明示。続く2015年の「中国製造2025」では、重点10分野の筆頭にICT産業を明記しています。この文書では、2016年時点で33%だった半導体自給率を20年に58%、30年に80%にまで高める目標も掲げられました。
しかし、中国の半導体産業は狙いどおりに成長していません。2022年のIC輸入額は4155.79億ドル。全輸入の15.3%にあたり、原油を凌ぐ最大の輸入品目となっています。記憶用の半導体は国産化が進みましたが、まだ先端半導体を潤沢に作れる技術レベルにはありません。また、日米欧韓台と同じく国内に製造装置や素材を含むサプライチェーンをフルセットで持っていますが、どの分野も技術水準で遅れをとっています。
次に注目したのは、半導体産業のキープレーヤーと言われている台湾。冒頭に出てきたTSMCがその代表例です。
山田:台湾は長らくテレビなどの組立工場でしたが、70年代後半から半導体産業の振興を本格化させました。北西部に特区を整備し、南部に至る本島西部の平野部に半導体企業や研究機関を集積したのです。その後、台湾の電子産業は通信機器や液晶パネルなどにも拡大。今はIT製造業が、外需と内需の両方から台湾経済を支えています。世界的な影響力を持つ企業も多く、TSMCは前工程に特化したファウンドリー(製造代行会社)企業。世界シェアの約6割を占めています。また、同じファウンドリーではUMCという企業も3位グループに入っています。メディアテックは回路設計に特化したファブレス(工場を持たない半導体企業)で、米国のクアルコムと世界トップの座を争っています。もう一つの大きな企業は、後工程で世界上位に位置する日月光投資控股(ASE)。約4割の世界シェアを持っています。
♦“米中摩擦の焦点になった半導体。米国は段階を経て中国を追い詰めた
半導体は武器の性能も左右する戦略物資。価値観の異なる中国の台頭を最も懸念していたのが米国です。両国の摩擦は複数の段階を経て深刻化しました。
山田:第1段階は2018年4月に起こった「ZTE事件」です。ZTEは中国の通信機器メーカー。同社がイランや北朝鮮に製品を不正輸出していたことを理由に、米国が国内企業に対し同社と取引禁止を決めたのです。先端半導体を調達できなくなったZTEは製品の生産を継続できない経営危機に直面し、同年7月に罰金の支払いなどに応じました。この事件により、中国のハイテク企業が米国製半導体に依存していることが明らかになったのです。第2段階は、2018年12月に始まった「ファーウェイ事件」。ファーウェイ創業者の長女であるCFOが米国の要請を受けたカナダで拘束され、中国が猛抗議しました。拘束理由は、米国のイラン制裁に対する違反行為。米国は翌年5月から同社をエンティティー・リストに加え、自国(米国)由来の技術やソフトを使用した同社製品の輸出を制限しました。以降も輸出規制の対象範囲を拡大するなど、段階的な制裁を継続。2020年の後半には、同社が持つ先端半導体の開発・調達能力をほぼ封じ込めたのです。
CFOの帰国によってファーウェイ事件は沈静化しましたが、米国の対中制裁が終わったわけではありません。それどころか2022年夏以降、より強化された制裁が矢継ぎ早に実行されているのです。
山田:2022年8月から12月にかけての動きが、制裁の第3段階と言えるでしょう。米国は8月に、国内での半導体工場建設を促す「CHIPS・科学法」を制定。補助金を出して韓国と台湾の企業に建設を促す一方、補助金を受けた企業が中国に一定水準以上の工場を建てることを10年間禁止しました(既存の工場は適用除外)。また、それまでは事実上、通信機器用の半導体が規制対象でしたが、10月にはそれを線幅16/14nm以下のロジック半導体にまで拡大しています。12月に入ると、AI用半導体を手掛けるスタートアップ企業もエンティティー・リストに加えました。これらの制裁は、全て中国における先端半導体開発の封じ込めを狙ったものです。
米国の政策に他国が巻き込まれる構図は分かりますが、山田先生は台湾が対中制裁のカギを握ると明言しました。その理由はどこにあるのでしょう?
山田:スマートフォンに使われるような先端半導体を安定的に製造・供給できる企業は、事実上TSMCしかありません。つまりTSMCとの関係を断てば、中国企業は先端半導体を調達することができなくなるのです。ファーウェイは傘下のファブレス企業が設計した通信用半導体の製造をTSMCに委託していましたが、2020年の5月からそれができなくなりました。TSMCが米国の対中制裁に呼応し、新規受注を停止したからです。それだけでなく、同社はアリゾナ州での新工場建設まで表明しました。企業として米国側に立つことを宣言したのです。米国は台湾を止めることで中国を止めることに成功した、という見方もできますね。中国ではAI用半導体のファウンドリーが増えているのですが、設計はできても製造してくれる企業がありません。かなり苦しい状況です。
♦「半導体が台湾海峡有事を誘発する」ことはあり得るか?
中国は先端半導体の開発能力を米国に封じられました。そこで出てきたのが、「半導体は中国が台湾を統一する動機になる」という議論です。
山田:確かに半導体は戦略物資ですが、私は現実を無視した言説だと思います。TSMCの劉徳音董事長(会長)は米国CNNのインタビューで、「仮に誰かが武力でTSMCを手に入れても、工場を運営できない」と発言しました。半導体のサプライチェーンはあまりにも複雑なので、外部から突然来た経営陣がTSMCの工場群を運営することは不可能、という意味です。流石に冷静な目で見ていますね。これとは別に、台湾が半導体を敵の攻撃から自国を守る「シリコンの盾」にしているという議論もあります。私が指摘したいのは、中国の台湾統一はメンツの問題であって、半導体の損得とは無関係であること。また、TSMCは台湾当局から6%の出資を受けていますが、経営体制は完全に民営です。経済安全保障を基準に経営判断することはありません。半導体工場の集積は中国に対する抑止力として一定程度の効果はあるでしょうが、私は台湾有事とは無関係だと考えています。
2024年の1月13日に行われる総統選挙も、台湾海峡情勢に与える影響は限定的でしょう。中国経済の減速や習近平政権の強権姿勢が災いし、台湾住民が中国に抱く感情は驚くほど冷めています。対中融和志向の国民党が政権復帰すれば中台の緊張は若干和らぐでしょうが、TSMCが中国側につくよう新総統が命じることなどは、絶対にあり得ません。
ファーウェイが2023年8月に発売したスマートフォンには、線幅7nmの先端半導体が搭載されていました。また、パワー半導体などのレガシー分野に投資する新たな動きもあります。日本は中国とどう向き合うべきでしょうか?
山田:7nmの先端半導体は中国の企業・SMICが旧世代の製造装置を使い、コストを度外視しながら生産したとみられます。中国の半導体自給率は、2022年時点で41.4%だったとの見方があります。「中国製造2025」で掲げた2020年時点の目標値には及びません。先端半導体は厳しい状況ですが、その一方でパワー半導体などレガシー分野への投資は急加速しています。それを受け、日本製半導体製造装置の対中輸出額は2023年7~9月に過去最高を記録しました。レガシー分野の装置類は輸出規制に該当しないからです。私も今が好機なので積極的に売るべきだと思いますが、中国がパワー半導体を増産できるようになったら、逆に日本勢の脅威となるはず。2023年12月にロームと東芝が生産連携を発表したように、今後は国内勢の再編・強化が進むでしょう。
キープレーヤーのTSMCは熊本県で第2工場の建設を決め、第3工場も検討しています。実際のところ同社が熊本を選んだ大きな理由は、電力・水・人材・土地の不足で台湾での新工場建設が困難になったから。同じタイミングで半導体製造の重要性を再認識した日本が建設費の半分を出すという提案を行い、TSMCがそれに乗ったわけです。日本なら製造装置・素材などのサプライチェーンも分厚いですからね。今回の事例を受け、台湾は日本への進出に積極的な姿勢を見せています。TSMC以外のメーカーが工場を建設する可能性もあるでしょう。日本も巨額の税金を投じる以上、産業界を挙げて支援を続けるべきだと考えます。
♦米国への輸出事業に影響を与える「UFLPAの事業者リスト」
FRONTEOの山本は「ウイグル強制労働防止法(UFLPA)の制裁対象に追加された企業」に焦点をあて、当社が開発した経済安全保障対策ネットワーク解析システム「KIBIT Seizu Analysis(キビット セイズアナリシス)」の活用例を紹介しました。
山本:米国国土安全保障省は2022年9月、UFLPAのエンティティー・リストに新たな3社を追加しました。いずれも新疆ウイグル自治区に本拠を置く繊維関連企業で、これらの事業者が全体または一部を生産した製品は、輸入の禁止対象となります。今回はその中の1社、Xinjiang Zhongtai Groupを起点としたサプライチェーンを辿ってみました。この図の最上位に位置するのが同グループで、直下にあるのがグループ内の化学メーカー。ここから台湾の織物企業を経由し、日本のアパレル企業との繋がりが見えてきました。この企業が米国へ製品を輸出する際は問題になりますが、他国との取引に商機を見出すことも考えられます。
別のルートでは木製品・塗料・家具などのメーカーを経由し、日本の小売り業との繋がりが明らかになりました。この企業は自社のサプライチェーンがUFLPAの制裁対象となっていることに、まだ気付いていないかもしれません。各社におかれましては早期にこうした状況を察知し、事業を縮小させないよう注意を払っていただきたいと思います。