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2023年3月22日【経済安全保障勉強会振り返り】ついに特定重要物資が閣議決定。安定供給のための取り組みと将来の課題
「サプライチェーン確保と先端技術開発について」
経済安全保障における特定重要物資が2022年12月20日に閣議決定されました。さらに、官民共同の次世代半導体新会社が設立されるなど、サプライチェーン強靭化への動きがいよいよ盛んになってきました。
今回の勉強会では、知的財産法の専門家として長年にわたり立法政策や産学連携の研究に携わり、近年では先端技術管理に関わる法整備やリスク対策の観点から経済安全保障政策に取り組んでいる、東京大学先端科学技術研究センター 教授(兼信州大学 教授)の玉井 克哉先生をお招きし、ご講演いただきました。
2022年12月15日(木)に開催した本勉強会のテーマは、「サプライチェーンの強靭化における取り組みと動向の解析」。玉井先生からは、経済安全保障推進法の全体的な特徴や、サプライチェーンの強靭化における法制度の概要、官民共同の技術開発と今後の展望について解説いただきました。FRONTEO取締役 山本 麻理からは、サプライチェーンの強靭化が求められる中で、中国政府・企業の株主支配についてFRONTEO独自のPower Index(実効間接持ち株比率法)を用いた解析事例を紹介しました。
経済安全保障推進法は、特定国を念頭に置いておらず、同志国であっても「依存」が問題
経済安全保障推進法の4本柱である、(1)重要物資の安定的な供給の確保や(2)基幹インフラ役務の安定的な提供の確保、(3)先端的な重要技術の開発支援、(4)特許出願の非公開*¹は、理論的な根拠に基づいたものではなく、現在必要とされることを踏まえて作られています。今後、色々な分野で必要になれば、補充もしくは既存項目を修正し対応します。
また、この法案は「特定国」を念頭に置いたものではないとされていて、日本以外の外国はすべて等しく位置づけられています。経済安全保障上、たとえ同盟国や友好国であっても、特定の国に依存した状況は問題になる、という立て付けになっています。フレンド・ショアリング政策を採用していないわけです。
4本柱の共通概念として、「外部からの行為によって国家および国民の安全が害されることを防止する」ことを基本にしています。この「外部」とは、懸念国政府、あるいはテロなどの悪意ある行為に限定されず、災害や疾病なども指す、かなり広い概念です。
サプライチェーンの強靭化については、まず全体の基本方針が策定されました。その後、安定供給確保指針は2022年9月30日に閣議決定されています。2022年内には特定重要物資の指定について政令が発出される予定です(注:2022年12月20日に閣議決定)。
政令後の流れとしては、特定重要物資それぞれに主務大臣が「安定供給確保取組方針」を決め、それを踏まえて民間企業が「供給確保計画」を申請します。そして主務大臣が民間企業を認定。認定された企業は「認定供給確保事業者」となります。
特定重要物資とは、以下の通りです。*²
・ 国民の生存に必要不可欠な又は広く国民生活若しくは経済活動が依拠している重要な物資であること(重要性)
・ 外部に過度に依存し、又は依存するおそれがあること(外部依存性)
・外部から行われる行為により国家及び国民の安全を損なう事態を未然に防止する必要があること(外部から行われる行為による供給途絶等の蓋然性)
・ 安定供給確保を図ることが特に必要と認められること(本制度により安定供給確保のための措置を講ずる必要性)
具体的な物資は政令で定められ、2022年10月に11分野が候補として挙げられました。
サプライチェーン安定供給のための取り組みと助成金
供給確保計画には、生産基盤の整備や供給源の多様化、備蓄、生産技術の導入・開発・改良*²など、供給網を強靭化するための取り組みと、使用の合理化、代替する物資の開発*²など他国への依存を低減するための取り組みがあります。例えば、依存低減の取り組みのうち「代替となる物資の開発」では、特定重要物資に当たるLNG(液化天然ガス)など備蓄の難しいエネルギー関連のイノベーションに今後かなり取り組んでいくと思います。
これらの取り組みに関する支援には、まず①公庫融資と②助成金の支給があり、サプライチェーンに関して念頭に置かれているのは②助成金の支給です。主務大臣が適切な民間企業を安定供給確保支援法人として指定し、国が基金の設立や補助金の交付を行います。手を挙げる民間企業がいなかった場合、独立行政法人を指定する仕組みになっています。
さらに、民間への支援では安定供給が困難な場合、国は対応策として、主務大臣が特別対策を講ずる必要のある物資を指定し、備蓄や安定供給確保のために必要な措置を取るという最後の手段も、法律で用意しています。
船舶用部品を例に
11分野の一例として、国土交通省はエンジンやスクリューなどの船舶用部品を指定しようとしています。日本において造船業は不可欠であり、ほとんどのエネルギー資源を船による輸入に頼っています。また船のオーダーメイド製造の必要性や、海上警備と防衛の点からも、船舶を自ら製造できることが安全保障上、極めて重要なのは間違いありません。さらに、日本の造船業の世界シェアが2000年から2021年にかけて半減しており、ヨーロッパのシェアも現在、低水準で推移状態です。反面で、中国・韓国がWTO違反ではないかとも思われる様々な手を打ってシェアを伸ばしていることは、わが国にとって由々しき事態です。
所管部署に聞いたところ、当然様々な施策を講じており、「エンジン」「ソナー」「スクリュー」の製造を経済安全保障推進法に基づく枠組みでさらに内製化できれば、日本の造船業の底力を強められると見込んでいます。この3種を自国内で製造することには、日本の安全保障と造船業の競争力維持の二重の意味があります。これは、比較的わかりやすい分野だといえます。
半導体サプライチェーン――マーケットを役所がデザインする時代に
これに対し、半導体製造業は造船業とは状況が全く異なります。造船業はエンジンなど必要なものをきちんと国内で製造できる環境を整備するという比較的単純な話です。しかし、半導体製造業においては、過去30年間にわたり、各部品の製造地域とサプライチェーンの最適化の努力を徹底的に重ねた結果、製造が局地化しています。
例として、露光装置の大半はオランダで製造されます。最新鋭のものは、1台200億円以上する巨大な装置であり、この制御にまた半導体を使います。露光装置は推進法によって半導体の「原材料等」と位置づけられています。
下図は、半導体製造の前工程各分野の企業別シェアと市場規模です。たとえばコータ・デベロッパについては、日本のシェアは91%と高く、世界のチョークポイントが日本となっています。ほかにも、いくつか日本が握る分野があります。しかし、露光装置はオランダのASML社が90%以上のシェアを占め、残りを日本のキヤノンとニコンが握っているという状況です。今回の推進法の特徴を考える上で、これを例に取るとわかりやすいと思います。(両社にはあえてこの件で取材をしておりません。以下は、事実関係を確認していない、単なる臆測です。)
出典:EE Times Japan「湯之上隆のナノフォーカス(52)実はシェアが急低下、危機の入り口に立つ日本の前工程装置産業」*³
露光装置の供給が途絶すると半導体は製造できません。この露光装置を製造するASMLは、オランダの企業です。オランダはNATO加盟国で日本の友好国ですが、先に申したとおり推進法は友好国と懸念国を区別していませんので、露光装置においては他国に「過度に依存」している、望ましくない状況ということになります。またASMLは謎の火事が多く、火事で製造がストップすると供給途絶のリスクがあることも法律上意味のある懸念点です。
さて、露光装置について、民間事業者が供給確保の「取組」に手を挙げることを考えてみましょう。日本国内だとキヤノンやニコン2社の国内シェアは100%に達します。この2社が手を組むことは従来、独占禁止法の観点から考えにくかったのですが、サプライチェーンについては複数事業者が共同で取り組む可能性もあり得ることが法律で明記されています。しかもその際、法律に、公正取引委員会は「意見を述べることができる」*⁴と書いてあります。仮に公正取引委員会が意見を述べなかった、あるいは意見を述べた上で了承されたとなれば、事実上、独禁法をクリアして認められたということになります。これまで独禁法に抵触する危惧からできなかったことも特定重要物資のサプライチェーン供給確保の観点から実現する可能性も考えられます。
政府は今後、キヤノンとニコンに協力して取り組む気があるかどうか打診することもできますし、ASMLに対し同社が米国コネチカット州ウィルトンの施設に行ったような投資や、さらに大規模な投資を日本にも行う考えがあるか、打診することもできます。そして、そのいずれの場合でも資金的に協力することができます。こうして、マーケットの在り方が大きく変わってきます。これまでの自由競争とは打って変わり、半導体露光装置のような物資について国がマーケットをデザインする時代になるのかもしれません。
一方で、企業にとっての課題は、供給確保の取り組みに手挙げすると、供給の責任を負うことになる点です。緊急時用の供給能力確保(設備投資)をすれば、当然、平時には物資が余り、フル操業できません。蓄電池などについても、政府が供給力の目標を定め、それに向けた民間投資を促し、そのために補助金も出すのですが、計画経済ではないので、それに見合った需要が国内にあるかどうかはわかりません。設備が遊休したときに対応するのは、企業です。従来の、一番安く高品質なものが作れる場所で生産する、在庫や設備はなるべくスリムにするという姿勢とは違った行動が求められるため、企業側には頭の切り替えが必要になるでしょう。
官民共同技術開発などにおけるセキュリティ・クリアランスの課題
サプライチェーンが「4本柱」の1本目でした。「3本目」の官民共同技術開発について一言します。経済安全保障推進法では、国家・国民の安全を損なう恐れのある技術を「特定重要技術」と定義し、その技術開発に用いられた情報が外部で不当利用された場合や、外部依存によって安定的に利用できなくなった場合に備えて、官民共同で技術を開発することになっています。次世代コンピュータ技術などジャンルごとに官民で協議会を作り、研究開発について基本的な方針を決めます。国が、現時点で約5000億円の指定基金を立ち上げています。これは、利息で運用するというのではなく、5年程度で使い切る前提の基金です。
この協議会は2023年度を目途に設立されることになっていますが、わが国にはセキュリティ・クリアランス制度がありません。将来の安全に大きく関わる技術分野を決め、巨額の予算を投入していくのに、協議会メンバーにセキュリティ・クリアランスを持たない人が混ざる危険性があります。秘密保持義務の罰則も設けられますが、最高で懲役1年程度ですから、有効に秘密漏洩を抑止できることにはならないでしょう。ここでもやはりセキュリティ・クリアランスの必要性が議論されるのではないかと思います。
今後の課題はセキュリティ・クリアランス制度や、サイバーセキュリティ、その他インフルエンス・オペレーションであり、中でもセキュリティ・クリアランスの確立は喫緊の課題です。ただ、これを米国と同じように運用するとしたら、非常にコストがかかります。米国ではクリアランスを持つ人が100万人以上いて、審査をする公務員だけで6000人以上いると言われます。日本はもう少し軽い仕組みを、英国やオーストラリアなど、他のファイブ・アイズ諸国から学ぶことが必要になるのではないでしょうか。
おそらく当初は、民間企業が研究開発のためのコストと割り切って自らの負担で実行するのがメインになるのではないかと思います。民間企業やシンクタンク等は、次世代の技術開発や標準化のために米国と密接なやりとりをしようとすれば、セキュリティ・クリアランスを持っていないと相手にされません。また、経済安全保障推進法の4本柱である特許出願の非公開制度でも、秘密にすべき特許の全てが出願書類に書いてあるので、その特許の審査官がセキュリティ・クリアランスを持っていなくてよいのか、という課題もあります。民間と公共での必須の局面において、スモール・スタートで始まるのではないかと思います。
フレンド・ショアリングの必要性高まる
これまでのグローバル化の30年は終わり、今後はサプライチェーンの強化・開発や先端技術の共有を同盟国・準同盟国や友好国など、事由・民主・人権といった価値観を共有できる信頼できる国々に限定する「フレンド・ショアリング」が必要となります。日本は、サプライチェーンの確保や最先端技術研究などは、自由や民主主義、人権を守る法の支配がしっかりなされている国以外とは取り組まないということを明確にしなければなりません。グローバル化が終わるといっても、すべてを自国で完結させてしまうのは鎖国みたいなものですから、肝心の経済力が衰えてしまいます。それでは日本経済が弱体化することになり、何のための経済安全保障推進法かということになりかねません。可能な限り広い範囲でフレンド・ショアリングができるような枠組みを作るのが、わが国のルール形成戦略の次の課題となるでしょう。
重要技術を持つ企業を真に支配する企業についてAIで解析
FRONTEO山本からは、当社が自社開発したAIエンジン「KIBIT」を搭載した経済安全保障対策ネットワーク解析システム「KIBIT Seizu Analysis(読み:キビットセイズアナリシス)」の3つのソリューションの中から、「株主支配ネットワーク解析ソリューション」を用いた解析事例をご紹介しました。
当社独自のPower Index(実効間接持ち株比率)という指標を活用し、隠れた支配力を捕捉する解析方法を紹介します。1つ目の事例として、中国の海運大手であるCOSCOを解析しました。
COSCOは国務院国有資産監督管理委員会が100%所有する国有会社であり、一帯一路構想において「デジタルシルクロード」と「海のシルクロード」で中心的な役割を担う存在であるとして懸念されています。また2021年10月にもギリシャのピレウス港を運営する企業の株式保有率を67%に引き上げ、管理を強化するなど戦略的に動いている企業です。
COSCOが各国の企業をどれくらい実効支配しているかというと、全世界総数では1,341社。中国企業と香港企業が圧倒的に多くを占めていますが、外国企業も420社ほど見られ、シンガポール(78社)、アイルランド(52社)、ギリシャ(34社)が上位に入っています。日本企業の実効支配は2社ほどですが、継続して注意を払う必要があります。
実際のつながりを示す企業パスは、以下の通りです。膨大な企業間ネットワークの中で何段階先に中国企業の支配があるのかは、日本政府も注視しておくべきポイントだと考えます。
2つ目の事例は中国大手家電メーカーMidea。2016年に東芝家電部門のTOSHIBA LIFESTYLE PRODUCTS & SERVICES CORPORATIONを買収した会社です。その他にも同年にドイツの産業用ロボットメーカーを買収しており、同買収案件はドイツ議会や政府において国益の観点から議論が噴出し、米国でも安全保障上の観点から審査が行われたものの、同年12月に承認されています。
Mideaにおける全世界の実効支配企業は287社、外国企業は169社とCOSCOと比べると数は少ないですが、企業パスを見ると3段階先に日本の蓄電池会社を支配していることがわかります。また、2016年に買収したドイツの産業用ロボットメーカーを経由して、スイスのロボット制御の自動物流ソリューションも実効支配しています。
Mideaは家電メーカーとはいえ、蓄電池などの重要技術を持つ企業を支配しており、こうした解析から日本政府・日本企業が注目すべきチョークポイントや、隠れた支配の裏側が示されます。
玉井先生からは、当社の解析について、「蓄電池はまさに重要物資になりそうな技術であるため、こうした解析は必要。外為法の対内投資規制などは1段階までしか見ていないので、日本企業の顔をして、実は外国企業に100%支配されている企業もあるという可能性は相当に大きな問題になる」というコメントを頂戴しました。
当社は今後もこうした解析事例を紹介してまいります。