【経済安全保障勉強会振り返り】 ついに特定重要物資が閣議決定。安定供給のための取り組みと将来の課題 「サプライチェーン確保と先端技術開発について」
2023年1月19日「台湾有事を見据えた安全保障≪前編≫」大きく転換した日本の安全保障政策。その真意を解説 <2023年3月15日開催>
2023年4月18日ゼロコロナ政策の大幅緩和、日本人へのビザ発給停止措置、気球による米国への領空侵犯など、年初から中国を巡る話題が尽きません。昨年10月に行われた中国共産党第20回全国代表大会(以下:党大会)では習近平国家主席の続投が確定し、3期目の政権がスタートしました。「習一強」色をますます強めたかのように見える中国は、どこへ向かうのでしょうか。今回の経済安全保障勉強会では、中国の政治・外交を中心に研究されている江藤名保子先生(地経学研究所 上席研究員 兼 中国グループ長/学習院大学 教授)をお招きし、党大会後の中国情勢や経済安全保障における影響等について講演いただきました。併せてFRONTEO取締役山本麻理からは、FRONTEOのAIを用いた重要物資のサプライチェーン解析事例を紹介しました。
地経学研究所 上席研究員 兼 中国グループ・グループ長
学習院大学法学部政治学科 教授
江藤 名保子 先生
学習院大学法学部教授。専門は現代中国政治、日中関係、東アジア国際情勢。スタンフォード大学国際政治研究科修士課程および慶應義塾大学法学研究科後期博士課程修了。博士(法学)。人間文化研究機構地域研究推進センター研究員、日本貿易振興機構アジア経済研究所副主任研究員、シンガポール国立大学東アジア研究所客員研究員、北京大学国際関係学院客員研究員などを経て現職。
株式会社FRONTEO取締役/AIソリューション事業統轄 兼 社長室長
山本 麻理
広告代理店に入社後、リスクマネジメント会社に在籍。メンタルヘルスケア事業を立上げ、事業計画、商品開発、マーケティング、営業戦略を実行し業界トップシェアへと導く。2014年に同社取締役に就任し、2017年に東証一部上場を実現。2018年12月より株式会社FRONTEOに参画、2020年取締役に就任しAIソリューション事業全域を管掌・指揮。
◆進みつつある個人独裁化と、その裏にある2つの大きな積み残し
今後の国際情勢を左右する重要な政治イベントとして、世界中が注目していた中国共産党の第20回党大会。結果は集団指導体制が崩壊し、事実上の独裁体制時代に逆戻りしたように捉えられています。人事面では習氏の勝ち戦と見られていますが、江藤先生は、指導部には2つの大きな積み残しがあると指摘します。
江藤氏(以下敬称略):党規約に“2つの確立”(※習氏の全党における核心的な地位の確立と、習氏の思想の指導的地位の確立)という言葉が入らなかったのです。改正案では明文化されていたにもかかわらず、最終的には入らなかった。これは、習氏に権力が集中し過ぎることに対する潜在的な不安の表れと言えるでしょう。もう一つは“新しい正統性”を確立できなかったことです。指導部は“共同富裕”(※貧富の格差を是正し、すべての人が豊かになることを目指す)をスローガンに長期政権化の正統性を掲げていましたが、コロナ禍以降の経済減速によって共同富裕の取り組みは、大きく後退しています。
中国は立ち上がり(毛沢東時代)、豊かになり(鄧小平時代)、強くなってきました(習近平時代)。独裁的にも見える強固な政権を築いた習氏が、今なお強さにこだわる理由はどこにあるのでしょうか。
江藤:共産党指導部は選挙によって選ばれるわけではないので、常に民衆からの支持がある状態を維持しなければなりません。そのためには目標を設定し、成果があったことを表明する必要があるのです。長期政権を手にした習氏は強国化と台湾を取り戻す政策を進めることで、「習近平だから達成できることがある」と表明したいのだと思います。
今回の党大会では、活動報告として「中国式現代化」「ハイレベルな科学技術の自立自強」「国家安全保障体系とその能力の全面強化」「国際的地位と影響力の向上」が打ち出されました。人事面では政治局常務委員に習氏に近い7人が選ばれ、意見の相違があった中国共産主義青年団系の幹部3人を排除。前総書記の胡錦濤氏が衆目の中で退場させられるというショッキングな出来事が象徴するように、習氏による事実上の個人独裁化が明らかになりました。
江藤:習氏は人事においては圧勝しましたが、憲法とも言われる党規約では個人崇拝の禁止が明記されています。習氏は毛沢東氏のようなカリスマ性を手にしたかったのでしょうが、それは叶いませんでした。おそらく習政権以降の政権にも永続的に称賛されるような、確定的なポジションを獲得できなかったと考えているでしょう。党内では習氏にある種の制限をかける動きがあるという見方もされています。
◆突発的な問題に対して誤った政策を取る? 現指導部に対する大きな懸念
長期政権を確立したものの、足元の不安定さも露わになった第3期習近平体制。党大会の結果を受け、各国はどのように反応したのでしょうか。中でも、政治的、経済的な対立を深めている米国の動きが気になるところです。
江藤:米国の対中競争はより鮮明になってきました。中国にとって大きな痛手となるのは、米国商務省産業安全保障局(BIS)が導入した対中半導体輸出管理規則(2022年10月7日)です。これにより、中国は先端半導体の内製化が当面できなくなりました。先端半導体はAIの開発などに欠かせないデバイスですから、中国における科学技術の発展そのものにも影響します。しばらくは我慢の時期が続くでしょう。
米国は日本とオランダにも半導体対中規制への追随を要求。10月12日には「国家安全保障戦略」を発表しました。ここでは中国が「唯一の競争相手」であると強調し、台湾との兵器共同生産を検討していることを表明。安全保障を理由に、日本をはじめとした同盟国への協力をあらためて促しました。
江藤:日本や欧州は必ずしも米国に全面追従しているわけではありませんが、安全保障の問題に関しては共同歩調を取るという合意が形成されています。先端半導体は安全保障に直結する産業分野。同盟国は中国に対する囲い込みに賛同する立場で一致しています。
こうした動きを受け、党大会後の習氏は党内の引き締めを強めました。江藤先生は、今年の2つの会議で使われた「2つの確立の決定性意義」という言葉に注目します。
江藤:12月の「中央政法委員会全体会議」では陳文清氏が、1月の「全国宣伝部長会議」では蔡奇氏(中国共産党中央政治局常務委員会委員/中央書記処常務書記)が「2つの確立の決定性意義」という言葉を使いました。気になるのは、これが党規約に差し込むかを検討された文言であること。1回採択に失敗しているので、他の表現に置き換えてもよいはずなのに、全く同じ文言を使っている。おそらく、党大会後も党内の引き締め傾向が続いているからだと思われます。リーダー達がこの言葉を繰り返すことで、党員は情勢が不安定だと判断します。懸念されるのは、政策決定の際に無難な方向へと動く萎縮効果。政治的あるいは経済的に突発的に何か重大な事態が発生した時、いわゆる「ブラック・スワン」に対して保身の意識が働いて機能的に動けなくなる可能性があります。指導部に強い権力があるために、論理的には既得権益の打破といった構造的な問題に切り込める可能性がありますが、突発的な問題に対しては誤った政策を取りかねません。
江藤先生が指摘するもう一つのリスクは、習氏の矛盾した発言です。同氏は1月に開催された党中央規律検査委員会会議で、「指導幹部が政財界と結託することを断固防ぐ」と発言しました。
江藤:開放的な経済活動を支えろと言いながら、政治が強く関与したら罰すると言っているわけです。どこまで関与して良いのか、分かりにくい。習近平氏がやれと言わない限り、党員は経済政策においてラディカルな政策を取りにくいと考えられます。
◆巧みさを欠く外交姿勢と、その背景にある「双循環」型の経済政策
安全保障の観点から注目されるのは、台湾をめぐる緊張の高止まり。中国はこれまでにも台湾に対してたびたび軍事的な圧力をかけており、今回の党大会でも「武力行使を放棄しない」と明言しています。米中の対立が複雑化・多元化する中、台湾の動向が鍵になるかもしれません。
江藤:台湾内部では最近、「疑米論」が話題になっています。中国が台湾を侵攻した時、米国は本気で助けないのではないかという疑念が広がっているのです。これを機に来年1月の総統選挙に向け、中国は何らかの働きかけをするでしょう。不安要素は米国の対応です。台湾の複雑な世論を正しく認識しているか心配ですし、米国議会の動向次第では米台間に溝ができる可能性もあります。台湾については国内外ともに流動的な情勢ですね。
党大会後の11月14日には米国バイデン大統領と習氏が初の対面による首脳会談を行いました。その後も閣僚級の対話が継続しています。そんな中、気球問題が発生。米国が領空内を浮遊する中国の偵察気球を撃墜しました。中国は気球を自国のものと認めつつ、その対応は揺れ動き、外交上は非難合戦のような展開を見せました。
江藤:中国は米国との関係をよくしたいと言いながら、しなくていいことをしています。気球問題に関して中国当局は、「遺憾である」と表明しました。これは、中国としては珍しい謝罪の表現です。途中で厳しい物言いはありましたが、当初はこの事案を大事にしたくないという姿勢が明らかでした。一方、中国国内には元々「米国に勝つ軍隊を構築する」という方針があります。それと各国との関係改善を進めるという方針との間に乖離がある。そのため、外からは混乱したメッセージが出されているように見えるのです。巧みさを欠いた外交と言わざるを得ません。
気球撃墜後、米国は中国政府の飛ばした偵察気球に関与していたとして、同国の6つの企業・団体を輸出禁止対象の「エンティティリスト」に加えました。一方の中国も、米国の防衛・航空宇宙事業を行う2社をリストに追加。制裁返しのように見えますが、江藤先生の見解は異なります。
江藤:メッセージ性はありますが、中国側の制裁は米国が痛手を負わない形になっています。この2社は既にエンティティリストの上位に位置する「反外国制裁法」に基づく措置がなされており、今回は形式的な制裁と捉えていいでしょう。つまり、中国は「米国と大喧嘩したくない」というメッセージを発しているのです。背景にあるのは、国内市場と国外市場の「双循環」を重視する中国の経済安全保障政策。そこには、経済減速が鮮明になる中で外国企業の警戒感を高めたくないという計算と、双循環の方針に則って外国企業を中国市場およびサプライチェーンに組み込むという、したたかな戦略が見て取れます。今のところ極端な動きを取る様子はありませんが、内政の事情によっては合理的な判断が働かなくなるリスクは残るでしょう。完全な楽観視はできません。
◆蓄電池のサプライチェーン解析から分かる“中国依存度の高さ”
FRONTEO山本からは、自社開発の経済安全保障対策ネットワーク解析AIシステム「KIBIT Seizu Analysis(読み:キビットセイズアナリシス)」を活用した「サプライチェーン解析ソリューション」をご紹介しました。
山本:内閣府が指定した特定重要物質の一つである「蓄電池」を取り上げます。電気自動車(EV)の鍵を握るリチウムイオン電池において、代表的な生産加工会社から供給側全体がどのように見えるかを、オープンソースを用いて調査しました。
リチウムの代表的な産出国はオーストラリア、中国、チリですが、リチウム生産加工企業上位5社のうち、中国と米国の企業が4社を占めています。
自動車業界への影響はどうなっているでしょうか。パスが5以下にある自動車生産企業群の国別内訳は、1位が中国で2位が米国。江藤先生のご指摘どおり、中国がリチウムイオン電池のサプライチェーンにおいて双循環を実現していることが明白です。また、各国における中国依存度の高さも見て取れます。
最後に、具体的事例として中国の代表的リチウム生産加工企業であるGANFENG LITHIUM CO LTD社と自動車会社の間のパスを提示します。テスラやフォルクスワーゲンは報道からも中国依存度の高さが知られていますが、AI分析結果もそれを証明しています。台湾有事を見据えて自社のサプライチェーンを検討される企業は多いことでしょう。リスクをあらかじめ予見し、その上で調達先の見直しを判断いただければと思います。