【経済安全保障 基礎知識編 Vol.7】「外為法」とは?
2022年11月30日【経済安全保障勉強会振り返り】 ついに特定重要物資が閣議決定。安定供給のための取り組みと将来の課題 「サプライチェーン確保と先端技術開発について」
2023年1月19日複雑化する世界情勢、規制動向、AIテクノロジーが担う役割を解説する本ブログにおいて、経済安全保障の文脈を読み解く上での重要キーワードを「基礎知識編」として随時紹介していきます。
第8回は経済安全保障に深くかかわりのある「ウイグル強制労働防止法(UFLPA)」について解説します。
サプライチェーンについて「故意の無知」を続けられない日本企業
新疆ウイグル自治区の人権問題などを背景とした米中対立により事業活動に及ぼされる影響が、いよいよ現実味を帯びてきました。その契機となっているのが、米国で2021年末に成立し2022年6月に施行された「ウイグル強制労働防止法」です。米国は、これまでも強制労働に基づく製造が疑われる物品の輸入を制限してきましたが、この新法により従来の関税法による規制がさらに強化され、新疆ウイグル自治区において一部でも強制労働によって作られた製品の輸入が原則禁止されました。米国に製品を輸出する企業は、強制労働に関与していない証拠を求められるケースが増えると予想されており、企業はもはやサプライチェーンについて「故意の無知」を続けられない状況です。
クリーンなエネルギー「太陽光発電」に潜む影
「ウイグル強制労働防止法」の影響が出ると予想されるのが、東京都が打ち出した、戸建てを含む中小規模新築建物における太陽光パネル設置義務です。2025年4月から大手住宅メーカーには、都が定める指針に基づいた措置を講じて環境負荷低減に努めることが求められますが、その対象は都内の新築住宅の半数強となる見込みです。ゼロカーボン社会に向けて住宅ごとにエネルギーを作り出そうという施策そのものは意義深い一方、太陽光パネルの生産にはウイグルでの強制労働の関与が指摘されています。*¹太陽光パネルや半導体の重要な材料であるポリシリコンの全世界の供給の約半分が新疆ウイグル自治区で生産されており、「いま太陽光発電を義務付けることは、ジェノサイドへの加担になりかねない」*²との指摘もあります。米国においてはすでに「太陽光発電製品の差し止め事例が相次いで」*³おり、日本でもこの潮流が進む可能性があると見て差し支えないでしょう。
日本メーカーの製品に新彊綿が使われている可能性について国際組織が指摘
「ウイグル強制労働防止法」施行後は、国際社会においてウイグル問題への加担が疑われる企業への目線がより一層厳しくなっています。亡命ウイグル人による国際組織「世界ウイグル会議」のドルクン・エイサ総裁は2022年9月30日、日本外国特派員協会で開催された記者会見にて「アパレル企業はいまだ新彊綿を使い続けている」*⁴と指摘し、「日本企業も加担している可能性が高い」*⁴と具体的な社名を挙げました。なお、ドイツのニーダーライン応用科学大学と解析機関のAgroisolabによると「アディダスやプーマのTシャツ、ヒューゴ・ボスのシャツに新彊綿が使用されていることが、同位体解析の結果から判明」*⁵しています。製品素材の地理的起源をさかのぼることが技術的に可能な時代において、新彊綿を使い続けることはもはやリスクでしかありません。ちなみに上記の3メーカーはそれぞれ、自社の製品から新彊綿を排除することを明らかにしています。
Younger GroupのサプライチェーンをFRONTEOのKIBIT Seizu Analysisで解析しました。
Younger Groupの子会社はオーストラリア戦略政策研究所(ASPI)報告書より、ウイグル人を強制労働させている中国企業としてリストに掲載されています*⁶。
「強制労働によって製造されていない」という証拠が求められる時代に
「ウイグル強制労働防止法」については、強制労働によって製造されていないという証拠を示す必要があることが企業にとって重要なポイントです。また、「UFLPA戦略では、優先的に法執行すべき分野として、アパレル製品、綿・綿製品、ポリシリコンを含むシリカ系製品、トマトおよびその派生製品」*⁷が特定されていますが、こういった製品への法執行と輸入禁止措置だけでなく、そのサプライチェーンの下流にどういった影響を与えるかを見極める必要があります。「自動車のように多くのサプライヤーを抱える産業にとっては、デューディリジェンスの十分な実施が課題になる」*⁷という指摘もなされています。
また、新疆ウイグル自治区での生産をサプライチェーン上で中国企業に禁ずる場合、「中国の法令に基づく対抗措置(例えば、信頼できない企業リスト、外国の法律及び措置の不当な域外適用を阻止する弁法及び反外国制裁法)の対象となり得る」*⁸ことも勘案する必要があります。新疆綿の不使用を宣言した衣料品大手エイチ・アンド・エムに対し2021年に中国で起こった不買運動も、人権に配慮した企業への対抗措置のわかりやすい例です。日本企業も、ともすれば米中間での股裂き状態に直面しかねず、難しい判断を迫られる時世ですが、まずは自社のサプライチェーンの精緻な解析、各国の法制度の正しい理解からスタートすることが望ましいでしょう。
*¹2021年7月5日 日経ESG「中国製パネルに強制労働の疑い」
*²2022年6月5日 現代ビジネス 杉山大志「東京都の『太陽光パネル義務付け』はこんなにヤバい!カネ持ちだけが得して、一般国民が負担する『カラクリ』」
*³2022年8月16日 JETROビジネス短信「米ウイグル強制労働防止法、太陽光発電製品の輸入差し止めか、メディア報道」
*⁴2022年10月1日 alterna 吉田広子「世界ウイグル会議総裁『いまだ新彊綿が使われている』」
*⁵2022年5月5日 Philip Oltermann, The Guardian, “Xinjiang cotton found in Adidas, Puma and Hugo Boss tops, researchers say”
*⁶2021年4月8日 認定 NPO 法人ヒューマンライツ・ナウ、日本ウイグル協会「ウイグル自治区における強制労働と日系企業の関係性及びその責任」
*⁷2022年8月5日 JETRO 地域分析レポート「米国のウイグル強制労働防止法への対応は」
*⁸2022年1月7日 西村あさひ法律事務所 中島和穂、根本拓、稲岡優美子、平家正博、田代夕貴「米国におけるウイグル強制労働防止法の成立と日本企業への影響」