「中国共産党第20回党大会後の中国情勢に関して」習近平体制は盤石なのか? 台湾における「疑米論」とは? <2023年2月22日開催>
2023年3月22日【経済安全保障取り組み動向調査】 経済安全保障に取り組む企業がほぼ半数!膨大な「サプライチェーン」対策にAI活用を期待
2023年5月17日2022年12月16日、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有を明記する安全保障関連3文書が閣議決定されました。岸田首相は、この決定が「戦後日本における安全保障政策の大きな転換」であると語っています。日本の安全保障政策はどう変化し、なぜ改定する必要があったのでしょうか? 今回の経済安全保障勉強会にお招きしたのは、安全保障論やリスクマネジメントのエキスパートであり、執筆や講演など多方面で活躍されている金沢工業大学大学院 教授の伊藤 俊幸先生。前編では3文書策定の概要と背景、改定のポイントやその意義について解説していただきました。併せてFRONTEO取締役 山本 麻理からは、ウクライナ侵攻前後におけるサプライチェーン構造の変化について、FRONTEOのAIを用いた解析事例を紹介しました。
金沢工業大学大学院(虎ノ門キャンパス) 教授
株式会社FRONTEO戦略アドバイザー
伊藤 俊幸 先生
防衛大学校機械工学科卒、筑波大学大学院修士課程(地域研究)修了。海上自衛隊で潜水艦乗りとなる。潜水艦はやしお艦長、在米国日本国大使館防衛駐在官、第2潜水隊司令、海上幕僚監部広報室長、同情報課長、防衛省情報本部情報官、海上幕僚監部指揮通信情報部長、海上自衛隊第2術科学校長、統合幕僚学校長、海上自衛隊呉地方総監を経て、2016年より金沢工業大学大学院(虎ノ門キャンパス) 教授を務める(イノベーションマネジメント研究科 イノベーションマネジメント専攻)。
株式会社FRONTEO 取締役/AIソリューション事業統轄 兼 社長室長
山本 麻理
広告代理店に入社後、リスクマネジメント会社に在籍。メンタルヘルスケア事業を立上げ、事業計画、商品開発、マーケティング、営業戦略を実行し業界トップシェアへと導く。2014年に同社取締役に就任し、2017年に東証一部上場を実現。2018年12月より株式会社FRONTEOに参画、2020年取締役に就任しAIソリューション事業全域を管掌・指揮。
◆「戦略的なパートナー」だった中国が「最大の戦略的な挑戦」に変わった
「台湾有事」という言葉が一般的に語られるようになった昨今、安全保障に関する日本人の認識にも徐々に変化が現れています。リスク分散を考えて中国から撤退する米国系の企業が増えており、日本企業も同様の動きを見せています。その中国では先の全国人民代表大会で習近平氏が3期連続の国家主席に選出され、各部門の幹部人事も習主席の側近で固められました。
伊藤氏(以下敬称略):毛沢東は中国を作り、鄧小平は経済を発展させました。しかし習近平はまだ何もしていません。皆さんご承知の通り、めざしているのは祖国統一です。今回選出された主席周辺の側近たちには、父親世代が鄧小平に裏切られ、粛清されたという共通点があります。前世代に対する「敵討ち」のような感覚を抱いている人々ですから、その思いを具現化してくれる習主席への忠誠心が高いのも当然です。この切り口から見れば、今回の幹部人事は納得できる人選と言えるでしょう。
我が国において、今回改定されたのは外交・防衛の指針である「国家安全保障戦略」、「防衛計画の大綱」から名称変更された「国家防衛戦略」、中期防衛力整備計画を改称した「防衛力整備計画」の3文書。これらが同時に改定されるのは初めてで、各文書には5~10年の中長期を想定した安全保障上の政策などが盛り込まれています。3文書策定の背景には何があるのでしょうか。
伊藤:1つ目は、日本を含む国際社会が「新たな危機の時代」に突入したことが挙げられます。国連の常任理事国であるロシアが、第二次世界大戦後70年以上の秩序を破ってウクライナに攻撃を仕掛けました。二度と大きな戦争を起こさないという国際認識が、一挙に瓦解したわけです。プーチン大統領はロジカルな思考をするインテリだったのに、今はディールすらできない相手になってしまいました。2つ目の背景は、航空機や車両などに加え、無人機が戦闘に参加する「新しい戦い方(無人アセット防衛能力)」の顕在化です。こうした装備が監視や見張りだけでなく、攻撃にも使用できることが明らかになりました。3つ目は、あらためて、力による現状変更を困難だと思わせる「抑止力が必要」になったということです。3文書策定の背景は、これら3つのキーワードから読み解くことができます。
「戦争は実際に起こっている、自分たちも真剣にならなければ」という危機感が、政府と岸田首相の決断を促しました。その決意は3文書の変更点からも明らかです。まずは伊藤先生が語る3文書のポイントを理解しておきましょう。
伊藤:今回が初めての改定となる「国家安全保障戦略」では、外交・防衛分野だけでなく、経済安全保障、技術、情報などの分野を含めた総合力による安全保障の必要性が強調されました。最初の文書は、安倍政権時代に作られたもので、今回はその内容が大幅にバージョンアップされました。次の「国家防衛戦略」は、これまで防衛力整備については、その目標や部隊運用の指針を定めた防衛大綱という形式をとっていましたが、これを全面的に改定し、それらを達成するための手段とアプローチが明文化されました。最後の「防衛力整備計画」は、5年後と10年後の自衛隊の体制を踏まえ、経費総額や主要装備品の整備数量などを含む防衛費の総額が明記されています。
3文書の中で最も上位に当たる「国家安全保障戦略」には、今まで記載されていなかった重要な文言が盛り込まれています。注意すべきポイントは、日本を取り巻く安全保障環境と国家安全保障上の課題を明らかにしたこと。伊藤先生は次のように指摘します。
伊藤:例えば、以前の文書には「北朝鮮は脅威である」としか書かれていませんでした。今回はそれが改定され、北朝鮮に対しては、「従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威」と記されています。重要な点は、中国について前回は「戦略的なパートナー」という位置付けでしたが、今回は「我が国の安全保障にとって、これまでにない最大の戦略的な挑戦」という表現に置き換えられたことです。挑戦という文言は、米国の文書と同様の表現です。日本も米国も外交戦略上、中国が脅威であるとまでは公言できません。ただ、この文言によって日米両政府は堂々と台湾有事への対応を語れるようになりました。また、当時北方領土返還が課題となっていたロシアはそもそも脅威の概念に入っていなかったのですが、今回は「中国との戦略的な連携と相まって、安全保障上の強い懸念」という表記に変わっています。
◆国家安全保障戦略の基本にある外交政策と、それを支える防衛力
3文書には反撃能力の保有が明記されているため、武力の行使を懸念する意見もあります。昭和31年に鳩山一郎内閣総理大臣が衆議院内閣委員会において「誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能である」と答弁しており、政策判断として反撃能力を保有してこなかったと言えるでしょう。政府が重要政策を転換したようにも見えますが、伊藤先生の見解は異なります。
伊藤:日本は武力を優先するほど愚かな国ではありません。国家安全保障戦略の基本的なアプローチは、総合的な国力(外交・防衛・経済・技術・情報)を用いるということが明記されているということです。基本的には安全保障の中心にあるのは外交であり、それを裏支えする要素が防衛力なのです。国家間の交渉にはパワーが不可欠ですが、かつての経済力を失った日本において、古典的ですが、あらためて防衛力に着目したということです。企業間の交渉ならパワーを持つことは当たり前の話なのに、国家間の交渉ではなぜかイデオロギーが前面に出てしまう。リアリティには目をつぶり、理想論が先行するわけです。ただ、こうしたイデオロギーにとらわれているのは旧世代の人々だけ。ロシアとウクライナの戦争を目にした現役世代や若い人たちは、リアリティをしっかり見て次に何をすべきかを考えています。反撃能力の保有表記は、リアリティを反映した現実的な改定なのです。
続いて伊藤先生が注目したのは、「国家防衛戦略」において相手国の能力と戦い方が想定されている点です。政府は防衛力の強化策として、「スタンド・オフ防衛能力」「統合防空ミサイル防衛能力」「無人アセット防衛能力」など7つの柱を提示。そこにはミサイルの種類や戦闘機の数など、具体的な整備内容が細かく記されています。
伊藤:防衛戦略を決めるには、相手がどの国かを決めることが前提になります。敵がわからないと防衛できませんからね。「国家防衛戦略」の概要に「相手の能力と戦い方に着目」という文言が入ったのは、今回が初めてです。これまでは特定の国を想定してはいけなかったため、軍事的脅威に直接対抗するのではなく、自らが力の空白となって我が国周辺地域の不安定要因とならないよう、独立国として必要最小限の防衛力を保有する「基盤的防衛力」が防衛の基本となっていました。仮の相手が何隻で攻めてきたらこういう形で守ろうと、オペレーションリサーチしていたのです。仮定のデータに基づき、架空の数値に基づいてはじき出した数が戦車や護衛艦の数として計上されていたのです。したがって、防衛“戦略”ではなく、防衛“大綱”と呼称していたのです。今回の改定は具体的な相手国を想定した有事に対応するためのものですから、歴史的に見ても画期的な変更といえます。
政府が掲げた防衛力の強化策には、先に触れた「反撃能力の保有」に関する記述があります。これは、脅威圏外の離れた位置から対処を行うための「スタンド・オフ防衛能力」。伊藤先生は、この能力に「国家防衛戦略」の新しさが現れていると語ります。
伊藤:例えば「12式地対艦誘導弾」は、元々尖閣諸島などで有事が起きた場合、海上戦闘だけでなく陸上からも中国艦艇にミサイルを撃つシステムです。今回の改定ではこの能力向上型が配備されることになりました。今までのミサイルは射程距離が200kmでしたが、向上型なら1000kmまで届きます。その結果、日本海を越えて上海まで攻撃できる武器の装備ということになると表明した、今までになかった大胆な強化策と言えます。そしてこの、「スタンド・オフ防衛能力」には約5兆円もの予算を投入することになっています。これまでの防衛省は実績に上乗せする積み上げ方式で予算を計上していましたが、これからは起こり得る未来を想定した上で予算を考える、バックキャスティングの手法を取り入れたことになります。180度発想の転換が求められるので、防衛省の担当者は苦労すると思いますが、果敢に挑戦してもらいたいですね。
岸田政権は安全保障政策において、従来にない大胆な方針転換を実行しました。7つの柱に示された防衛力の強化策は、“リアリティに基づいた具体的な防衛手段”と言えるでしょう。しかしながら安全保障関連3文書には、いわゆる防衛インテリジェンスに関する記述は見当たりません。伊藤先生は、この分野にこそ民間の知恵が求められていると指摘します。
伊藤:指揮統制・情報関連機能には約1兆円の予算が計上されていますが、インテリジェンスの強化は含まれていません。政府はインテリジェンスについては現状のままでよいと考えているのでしょう。しかし現実問題としてフェイクニュースやディスインフォメーションは、政治と経済の両方で大きな課題となっています。こうした攻撃に対し、防衛省の情報本部が独力で対応するのは困難です。これからの戦争は情報を中心とするハイブリッド戦になりますから、カウンターインテリジェンスの重要性はますます高くなってくるでしょう。また、軍事以外の面でもカウンターインテリジェンスが必須になるはず。そこで注目したいのが、民間企業が開発を進めているAIです。ぜひ、民間主導でインテリジェンスの強化を図っていただきたいです。
◆ウクライナ侵攻は企業のサプライチェーン構造をどのように変えたのか?
FRONTEO山本からは、当社が開発した経済安全保障対策ネットワーク解析システム「KIBIT Seizu Analysis(読み:キビット セイズアナリシス)」を活用した「経済安全保障解析ソリューション」を紹介しました。
山本:今回は、ウクライナ侵攻前後におけるサプライチェーン構造の変化に注目しました。解析に当たっては、侵攻前のデータとして2022年2月23日時点で終了が確認されていない取引データ、侵攻後のデータとして2023年1月20日時点で終了が確認されていない取引データを使用。いずれもオープンソースを用いて調査しました。
国別の取引関係数における差分を確認すると、ウクライナ侵攻後に、ロシアとの取引関係数が若干減少した国が多いことが分かります。
具体例を見てみましょう。EUはロシア戦闘機企業との取引を制限していますが、フランス企業のA社はロシアのUnited Aircraft Corporation(UAC)と継続的に取引しており、オーストリア企業のB社もUACの傘下にあるSukhoi Companyとの取引を続けています。デカップリングや制裁が行われても、ロシアの軍事企業と取引を行う企業があるというファクトが見えてきました。
こうした傾向は、ロシアのエネルギー企業であるGazprom PAO(ガスプロム)との取引関係にも現れています。ガスプロムの国別一次販売先を見ても、供給先の企業数にはほぼ変化がありません。
一方で、取引関係の開始・停止数は2022年に急増しています。国内回帰の流れが進んでいることに起因していると思われます。背景にはウクライナ戦争によるサプライチェーンの再編だけでなく、チャイナリスクの顕在化も関係していると考えられます。
経済合理性の下、構築されたサプライチェーンの代替先を実際に変更する際には、大きな困難を伴う可能性が考えられます。ウクライナ戦争だけではなく、台湾有事やチャイナリスクの顕在化を鑑みると、今後もサプライチェーン上のリスクを常時ウォッチし、機動的な対策を考えるなど事前準備が重要です。