台湾海峡に目を受ける前に、世界における半導体生産の現状を確認しておきましょう。これが課題理解への前提になります。
山田氏(以下敬称略):演算に使われる半導体は「ロジック半導体」と呼ばれ、回路を構成する線の幅が狭いほど性能が高くなります。その開発は1nm(ナノメートル=1ミリの100万分の1)単位で行われており、家電などに使われる40nm以下だと一般レベル、スマートフォンやデータセンターなどに使われる10nm以下なら先端レベルに該当します。現時点の最先半導体は、台湾のTSMCが量産する3nmのチップです。
半導体産業が発祥したのは米国ですが、1980年代に日本が急伸し、米国を脅かすまでになりました。ところが90年代に入ると、日本のシェアは急降下。代わって台頭してきたのが韓国と台湾であり、現状はチップ生産のトップを走っているのは台湾のTSMCで、2番手は韓国のサムスン電子です。米国のインテルは脱落気味となる一方、21世紀以降は中国が存在感を高めています。つまり2010年代以降、先端半導体を含むICの供給網は東アジアに集中しているのです。日韓台が生産した半導体チップを中国が人海戦術でパソコンやスマホなど最終的な電子機器に組み上げ、世界市場に輸出する国際分業が定着しました。もし台湾有事が発生したら、IT供給網は間違いなく大混乱に陥ります。
半導体産業の育成を強力に推し進めている中国。その背景にはどのような理由があり、現状はどのような状況にあるのでしょう?
山田:半導体のサプライチェーンは「企画・提案」「回路設計」「(設計した半導体回路を加工する)前工程」「(ウエハーから半導体チップを切り分けて封止・検査する)後工程」「販売・物流」に分けられます。90年代半ば以降の中国は電子機器の組立工場として成長してきましたが、今世世紀以降は組立工場からの脱却と半導体チップの国産化を目指すようになりました。それを実現するために打ち出したのが、独自の半導体振興策。2000年には国内の半導体メーカーに対する税制上の優遇措置を実施しました。転機になったのは、2014年の「国家IC産業発展推進ガイドライン」です。前年に習近平指導部が発足し、当局が本格的に資金援助することを明示。続く2015年の「中国製造2025」では、重点10分野の筆頭にICT産業を明記しています。この文書では、2016年時点で33%だった半導体自給率を20年に58%、30年に80%にまで高める目標も掲げられました。
しかし、中国の半導体産業は狙いどおりに成長していません。2022年のIC輸入額は4155.79億ドル。全輸入の15.3%にあたり、原油を凌ぐ最大の輸入品目となっています。記憶用の半導体は国産化が進みましたが、まだ先端半導体を潤沢に作れる技術レベルにはありません。また、日米欧韓台と同じく国内に製造装置や素材を含むサプライチェーンをフルセットで持っていますが、どの分野も技術水準で遅れをとっています。
次に注目したのは、半導体産業のキープレーヤーと言われている台湾。冒頭に出てきたTSMCがその代表例です。
山田:台湾は長らくテレビなどの組立工場でしたが、70年代後半から半導体産業の振興を本格化させました。北西部に特区を整備し、南部に至る本島西部の平野部に半導体企業や研究機関を集積したのです。その後、台湾の電子産業は通信機器や液晶パネルなどにも拡大。今はIT製造業が、外需と内需の両方から台湾経済を支えています。世界的な影響力を持つ企業も多く、TSMCは前工程に特化したファウンドリー(製造代行会社)企業。世界シェアの約6割を占めています。また、同じファウンドリーではUMCという企業も3位グループに入っています。メディアテックは回路設計に特化したファブレス(工場を持たない半導体企業)で、米国のクアルコムと世界トップの座を争っています。もう一つの大きな企業は、後工程で世界上位に位置する日月光投資控股(ASE)。約4割の世界シェアを持っています。